第5章-11 明かされる榊家の秘密

「桃っちー!  起きなさぁい! もうすぐ五時十五分よ! 定時上がりのお姉さま達が来るぞ! 今日はリフレッシュウェンズデーなんだから、帰れないとなると事務所中のお姉さまを敵に回すぞー! 繰り返す! お姉さま達が容赦なく来るぞ! 起きろー!」

 高梨が桃瀬の体を激しく揺すり始めて起こしにかかったのを、柏木が慌てて制す。

「ちょ、高梨さん。さすがに乱暴じゃ。まだ戦い終えていないかもしれないのに」

「何を言ってるのですか。二人の寝顔からして、お互いに赤くなったり、にやついているから、問題はとっくに解決してますよ。いちゃつかせても楽しそうですが、時間がありません!」

「って、職員が使うから? 事情を話せば少しは待ってもらえるのでは?」

 柏木がきょとんとしていると、高梨はオーバーアクション気味に首を激しく振って否定する。

「知らないのですか? さいたま事務所の女性のみで作られる“U-40アンダーフォーティ会”という合コンサークルの存在を」

「あ、U-40? 合コン?」

 柏木が初耳だと言わんばかりにきょとんとして聞き返す。

「そうです。名前の通り四十歳以下のお姉さま達が構成しているサークルです」

「そ、そんなサークルが存在してたのか」

「そうです。本気合コンやら、婚活パーティーやらを毎週水曜日と金曜日に設定しているのです」

「金曜日はともかく、なんで水曜日?」

「リフレッシュウェンズデーで定時上がりなことと、水曜日なら飲み過ぎないため、酒絡みのトラブルが防げるからだそうです。

 そして、水曜日と金曜日の五時十五分以降の休憩室ここは気合いを入れたメイクアップとドレスアップの場と化します。だから、ここが使えないとなったらお姉さま方のお怒りは凄まじいです。まず、事務所内の円滑な仕事は望めなくなります。庶務の扱う有休申請も海外旅行の渡航承認申請もすんなり通らなくなるでしょう。訂正印で済むところを最初から書き直せと突き返してきたり、会計課への備品請求も設備修繕も難癖を付けられます。

 外来種精霊よりもある意味恐ろしい存在です。だから起きろ、桃瀬ー!」

 一気に説明が終わると、高梨は桃瀬の体を揺することを再開した。

「……それはヤバい。桃瀬ちゃーん! 主任ー! 起きてくださーい!」

 柏木も慌てて榊の顔をビンタし始めた。


「きゃ、引っ張られる!」

「現実に引き戻されるんだ、慌てるな!」

 そのまま、二人は強い力で現実へ引っ張られ、二人は目覚めた。


「ん……」

「ううん」

 二人がようやく目覚めたのは五時十三分。定時まであと二分であった。

「ほら、さっさと休憩室を出る!U‐40会のお姉さま方が間もなく来るから!」

「え? あれ? 夢? って、タカちゃん?」

「ん? お姉さまってなんのことだ?

それに頬が痛いな……?」

 まだ二人とも寝ぼけているが、高梨に追いたてられるように、慌てて廊下へ出たためお互いの顔やら態度やら確かめ合う間もなく、事務室へ戻ったのであった。おかげでお姉さま達の恨みも買わずに済んだのでもあるが。


「あ、現実のチャームも割れてます。成仏したのですね」

 事務室にてカバンを探っていた桃瀬が呟く。高梨は「今度の女子会で顛末を聞かせてもらおう」とニヤニヤしながら庶務へ戻っていった。お姉さま方のセットアップが終ってから退庁するつもりらしい。

「しかし、桃瀬ちゃんも憑かれやすいね。そんなことになってたとは」

 榊は気を使って柏木達にはインキュバスとは言わずに、桃瀬は悪夢に生息する死霊に憑かれていたと説明していた。

「はい、さすがに今回は疲れました」

「じゃ、俺はそろそろお先に失礼するよ。今日は理桜の方から連絡してくる予定だからさ。タブレットうまく使いこなしてくれるかな」

 うきうきとした様子で柏木も颯爽と事務室を出た。


 事務室は閑散として、再び二人きりになってしまった。


 沈黙が二人の間にじんわりと流れる。


 ヤバい、間がもたない。


 どちらの心の声かわからないが、沈黙がそう語っていた。


「「あ、あの」」

 どちらともなく声が上がり、被ってしまってはまた黙りこむ。


(どうしよう……)


 桃瀬は迷っていた。先ほどの話の続きはさすがに照れ臭い。このまま、何かが進むのもなんだか怖い。ならば、聞けなかったもう一つのことを聞こう。


「榊主任」

「な、なんだ」

 沈黙を破ったのは桃瀬の方だった。榊は身構えたように姿勢を正す。

「そろそろ教えていたたけませんか、主任のお兄さんの話を。私も対決の場とやらに引きずり出すために利用されたというからには、もはや無関係ではありません。過去に何があったのですか」


 ついにこの質問が来てしまった。確かに、彼女の言うとおり無関係ではない。

「本来なら関係無いと言うのだが、巻き込んでしまったからには知る権利はあるな」

 榊は意を決したような顔をして、姿勢を改めて正した。

「長くなるぞ。そして、君にとっても辛い現実も含まれている。それでも聞く覚悟はあるか」

「はい」

「わかった、話そう。あれは俺が子供の頃まで遡る……」


 ~第5章 了~



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