第5章-9 榊、人の夢の中でボコる
桃瀬は自分の部屋にいた。時刻は十一時を過ぎており、ニュースキャスターが無機質なニュースしか流さないのでお気に入りの音楽をかけていた。こないだ片付けていたら懐かしいCDが出てきたのだ。就職がうまくいかない時、ひたすら聞いていたから懐かしくもあの頃の辛かった気持ちや頑張った気持ちが蘇ってくる。
「ふう、ハーブティー飲んでリラックスしておけば今夜こそ眠れるはず。後は悪夢除けのお守りを待たないと」
お茶を飲み終え、カップを片付けていると背後から物音がした。
(あれ? 部屋には誰もいないよね? それにここは二階だよね?)
耳を澄ますと明らかに何者かが居て物色している音がする。どうしよう、キッチンから部屋へ戻る勇気が出ない。不審者が待ち構えていたら最悪の場合殺される。
(ほ、包丁を持って行った方がいいのか、フライパンがいいのか?)
「否! 玄関へ向かって脱出!」
洗いかけのカップを流しに放り出し、慌てて玄関へ向かう。パジャマだが仕方ない。
部屋の中の不審者に気づかれないように、そっと玄関まで移動し、音を立てないようにドアを開ける。
「おや、桃瀬君? まだチャイムは鳴らしていないのだけどな」
榊が玄関の扉の前に立っていた。知った顔、上司がいると言うだけでほっとする。
「しゅ、主任。助けてください。不審者が部屋に侵入しているから逃げてきたのです」
「不審者?」
榊がきょとんとして、聞き返す。
「そうです! 不審者です。早く警察に通報……」
「捕まえてやるから中に入らせてもらうよ」
「え? ちょっと! 主任!」
桃瀬の返事を待たずに榊はずかずかと部屋の中に入っていく。
「主任、危険です!」
「誰もいないぞ?」
「え? そんなはずは? あれ?」
キッチンと部屋のみの1Kのアパート。キッチンにはもちろん、部屋の中には不審者の影は無かった。
「念のためベットの下とクローゼットも改めさせてもらうよ」
そういうと榊は二か所を調べ始めた。
「やはり、いないな。ベランダにもきっちり鍵がかかっているし、考えすぎではないのか?」
そう言われて初めて桃瀬はほっとした。
「良かった、何もいなくて。ところで主任はこんな夜中になぜここへ?」
桃瀬が聞くと榊はにっこりと笑い、ドSの顔に変貌して言った。
「君を襲うためだよ」
そういうと榊は桃瀬をベッドに押し倒した。
「きゃあああ!!」
「叫んでも無駄だよ、ここは防音性が高いし、しっかり閉めてあるのはわかっている」
そういう間にもパジャマを破られ、下着が剥ぎ取られ、裸にされていく。
「やめてください!」
「やめてと言われて、止めるやつなんていないよなあ。楽しもうぜ」
抵抗も空しく、乳房をわしづかみにされ、股間に手が伸びていく。
「いやあああ!!」
「てめえ、勝手に人の姿を悪用してんじゃねえよ!」
「ぐっ!?」
榊の体越しに衝撃が伝わった。動きが一瞬止まった後、榊が横に倒れたため体が軽くなった。
「え?」
そこには榊の脇腹をヤクザキックしている榊の姿があった。
「え? 主任が二人?」
「俺の姿をしてこんなことしてやがったのか、
「な、何を言っているのだ! お前が偽物だろ!」
桃瀬にのしかかっていた榊が起き上がって反論する。
とりあえず、危機を脱した桃瀬はタオルケットを体に巻き付ける。
「俺はいきなり女を襲うなんて真似はしない。偽物め、失せろ」
「お前こそ偽物だろ!」
二人の榊はひたすら言い争っている。その姿は瓜二つでどっちが本物かわからなくなる。
「どちらが本物? うーん、区別するにはこれね」
桃瀬はタオルケットがずれないように。そっとカバンの元まで移動してあるものを取り出した。
「主任、うめえ棒の明太納豆ピザ味の差し入れです。キャッチしてください」
空に向かって投げると秒速で後から入ってきた榊がキャッチした。
「ありがとうな、桃瀬君」
「うえええん、怖かったです。主任」
桃瀬は後から来た榊、つまり本物の榊に駆け寄って泣いた。
「すまないな。今まで見抜けなくて。ここは君の夢の中だ」
「夢の中?」
「ああ、君がインキュバスに取り憑かれていて危険だからここに来た。さて、こいつを料理してやるか」
二人が偽物榊を見るとみるみるうちに頭から角が出現し、背中からは黒い羽根が生えてインキュバスの姿へと変貌していった。
「あと少しで精を植え付けられたのに。ちょっと遊び過ぎたな」
「遊びもへったくれもあるか。さっさと破邪する! と、言いたいところだが」
つかつかとインキュバスの元まで行って榊は右ストレートをかました。
「ぐはっ!」
「俺への名誉棄損と、大切な人を弄んだツケを払ってもらおうか」
いつものドSの顔となり指をポキポキと鳴らしている。空間からいかつい形のナックルが出てきて榊はそれを嵌めた。
「夢だから便利だな、武器が思っただけで出てくる。ちなみに魔除けの効果がある銀製だから接触するだけで火傷するぞ」
「小賢しい真似をしおって。榊の者な……ぐはっ!」
榊はナックルを嵌めた手で容赦なくジャブを決めていく。
「あーあー、もう榊の名で豹変する精霊には飽きたぜ」
「ぐふっ!」
つまらなそうに榊は高速でフックを決めていく。銀の効果なのか、殴られたインキュバスは火傷も追っているようで肉が焼けるような匂いが漂っている。
「でも、言わせてもらう。俺はなあ、公務員になって霞ヶ関の本省へ行って、官僚になって政治家と渡り合いたかったんだよ! なのに、榊の人間だからと言って家業と似た仕事する羽目になったんだ! 貴様らのせいでなあぁぁ!」
「ま、待て俺のせいじゃない。ここに来たのも……」
「ガタガタ言うんじゃねえ!」
「この女のつけ入る隙があったことと、あるやつに頼まれたからだ」
「あん?」
榊の拳が一旦止まる。
「言え。誰の差し金だ」
胸倉をつかもうにも上半身裸のインキュバスには掴む服が無い。榊はナックルを素早く外し、インキュバスの首に右手をかけて壁に叩きつける。
「言わないとこのまま力を入れ続けるぜ。首が折れるか、首と胴が生き別れるか、壁に潰れて張り付いて新しい壁紙の模様になるか、好きなのを選べ」
ギリギリと力が入っていき、壁がミシミシと鳴り始めた。つまり壁がひび割れ始めるほどの力で圧し続けていることになる。
「ぐぅぅぅ! ま、待て待て待て! 言うから待て!」
インキュバスが音を上げたので一旦込めた力を止める。と言っても押さえつけるだけの力は維持している。
「で、誰だ?」
「お前の兄だ!」
「やはりな、大方、俺を対決させる気にさせるためだろう?」
「そ、そうだ!」
「奴は今、どこにいる。対決の場とやらを望んでいるならどこかセッティングしているのだろ。愛宕山か? 飯綱山か? それとも県内か?」
「今は市内にいるはずだ。そのうち接触があるだろう」
「そうか。じゃ、首謀者の名は聞いたから用は済んだな」
「えええ⁉ 首謀者吐いたのに助命無し⁉」
「当たり前だろ、誰が助けると言った。元々貴様は十条三項精霊だしな」
「待て、それだけは止めてくれ」
「桃瀬君も止めてと言ったはずだ」
榊の声がますますドスが効き、目付きがますます氷点下まで冷えてくるのが離れて見ている桃瀬でもわかる。
(主任、かつてないドSっぷりを発揮しているわ……)
「お前の女に手を出したのは悪かった! もう手は出さん!」
「あん、聞こえねえな?」
メリメリという音は壁が破壊される音なのか、インキュバスの首の骨が軋む音なのかもはや区別がつかない。
「破邪!」
そのまま榊は力を加え、インキュバスの首をへし折ると灰になって消滅した。
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