第5章-6 コロポックルの長の洞察力

「こんにちは、アドイ。今週分のモバイルバッテリーです。確かケータイのバッテリーが減りやすくなったというから二個渡すわ」

 ここは三室みむろ自然緑地。国内外来種精霊であるコロポックルが住む集落がある。

 ようやく決裁が下り、彼らの故郷である北海道へ移送する手筈が整い、集落は引っ越し準備の荷造りで賑わっていた。

「こ、こんにちは、……桃瀬さん。確かに受け取りました。こういうやり取りも今週が最後ですね。ちょっと淋しいです」

 連絡役の若手のアドイがモバイルバッテリーを受け取る。三十センチくらいしかないコロポックルの彼が受け取るとまるで宅配の荷物を受け取ったように見える。こんな光景を見るのも今週で最後だ。

「そうね、でも故郷へ帰れるのだからいいことよ。それに北海道あちらの管理事務所の人とも新たな縁ができて仲良くなれるわよ」

「それもそうですね」

 そうして話をしていると、長がやってきた。

「おお、桃瀬さん。お元気ですかの。……って、かなりお疲れ気味のようですな。体はなんともないのですか?」

 長は開口一番、桃瀬の不調を見抜いた。相変わらず、彼は観察力が鋭い。

「鋭いですね、長。ちょっと眠りが悪くて、寝不足なんです。ふああ」

 指摘されて気が緩んだのか、桃瀬は大きなあくびをした。

「それはいけませんなあ。運動とかしたらいかがですかな」

「そうねえ、お風呂とかハーブとかリラックスしているけど、そうやって体を使うのもいいかな」

 腕組みをして桃瀬は考える。体型も気になるし、ランニングでもすればいいかもしれない。

「そうですぞ。わしだって朝晩散歩をしておりますから快調ですぞ。それから、どんな目に遭っても心を強く持ちなさい。全てはそれですぞ」

 何やら意味深なことを長は言う。どういうことか聞こうと思ったら、長の方から質問が来た。

「ところで、来週の引っ越しには皆さんお見送りにいらっしゃるのですか?」

「はい、移送は初のケースですから。主任と柏木、あと所長もお見えになります」

 そう聞くと長は安心した顔をした。

「良かった、挨拶できないかと思っておりました」

「皆、長達のことが大好きだから最後に挨拶したいのですよ」

「嬉しいですの」

「では、引っ越し準備のお邪魔でしょうから今日はこれにて失礼します」

「おお、気を付けてな」


 桃瀬を見送ったアドイと長は懸念を口にした。

「長、桃瀬さん、また狙われていますね。もろに憑かれてます。言った方が良かったのでしょうか?」

 杖に目を落としながら、長も戸惑ったように唸る。

「いや、ショックを受けそうだから難しいの。ううむ、ここまで狙われまくると何と言うか、その、依り代体質ではないかと思うのう。時代が時代ならば、優秀な巫女になれたかもしれんが」

「あれって、榊さんでも気づかないのでしょうか」

「どうも、あれは夢に隠れているようじゃから、人間では気付くのは難しいかもしれんの。それに禍々しい気が漂っているから、何か変なものを持っているのではないかの」

「知らせますか?」

「ああ、すぐにでも知らせよう。アドイ、バッテリーの充電は万全か?」

「それが、携帯のバッテリー消耗が激しくて残量がゼロです。もらったバッテリーで充電しないとならないのですが、これだと数時間かかりますよ」

「タイミングが悪いのう」


「ただいま戻りました」

 事務室へ戻った桃瀬は、榊が待ち構えていたかのような雰囲気なのを感じ取って緊張した。いつもいる柏木がいないから外回りに出たのだろう。

(何だろう、最近の勤務態度に関するお叱りだろうか?)

「桃瀬君、ちょっといいかな」

「は、はい。何でしょう?」

 やはり、尋問か。桃瀬は身構えた。

「上司として尋ねるが最近、やたらと眠そうな様子だがどうしたんだ?」

 一番恐れていた質問だ。答えたくはないが、上司権限を出された以上は答えなくてはならない。

「え、えっと最近金縛りに遭うのです」

 とりあえず理由の一部だけを言ってみることにした。さすがに昨夜の夢は一度きりだろうし、わざわざあんな内容を申告するのは憚られる。

「いつから?」

「この一週間ほどです」

「ふむ、霊的なものかな? 心当たりあるか? 例えば、何か人形やお面などをもらったか?」

「いえ、何も」

「ふうむ、他になんだろうな。パッと視たところ悪霊の類いはいない」

 やはり、こういう台詞が出てくるのは主任は拝み屋の息子だなと思わせる。

「ちょっと細かく見せてもらうよ。失礼」

 そういうと榊は桃瀬へ腕を伸ばしてきた。

「うわっ?!」

 思わずビクッと飛び退いてしまう。昨夜の夢みたく何かされるのではという恐怖で構えてしまう。

(い、いや、私をちゃんと視てくれているのだから。落ち着け、自分)

 落ち着かない理由はもう一つ。変に意識してしまうのだ。高梨にも言われたが、あのダメダメファッション補正計画、略してダメ補計画は言われて見ればデートだし、手を繋いだし。自分、どこまで鈍いのだろう。

「おいおい、直接触ると何か憑かれているか詳しくわかるんだ。協力してくれよ。手を触らせてくれ」

「あ、はい、すみません」

 改めて手を差し出すと握ってきた。榊の手の温もりが伝わってくる。

(うう、霊視してもらっているのに、変に意識してしまう)

 握っていたのは一分もしなかったが、なんかドキドキする。鼓動が伝わってしまったらどうしよう。

「うーん、霊の類いではないな。ダイヤと夢……というキーワードが浮かぶのだけど本当に金縛りだけ?」

 桃瀬はギクッとした。やはり榊家の直系だ。鋭過ぎる。隠し事はできないのかもしれない。

「ダイヤはわかりませんが、夢……、悪夢を見ます」

「今朝言ってたうめえ棒の夢か?あれ、旨いと思うのだけどなあ 」

「カラスが気絶する味をどうして旨いと思うのですか。まさかもう一つのワースト味も……」

「あれはさすがにちょっと臭いがきつかったな。味はともかく」

 もう一つのワースト味「うめえ棒シュールストレミング缶詰味」も、カラスが匂いだけで逃げ出した曰く付きのスナックだ。ゴミ収拾所のカラス避けアイテムとして使われるという菓子メーカーとしては屈辱的な展開となり、「今後の面白味はもう少し良心的な物ににする」と緊急記者会見までする事態となった代物だ。

 それを「匂いがちょっときつい」の一言で済ます榊は相当の変人だ。なんでこんな変人相手に意識しなくてはならないのだろう。

「まあ、うめえ棒の是非は今はいい。何か悪夢避けのお守りでも作ってくるよ。それで大丈夫だと思う」

「はい、ありがとうございます……」


(夢の内容までは本当のことを話してくれないのだな。この状態だとうまく対策を立てられるかな)

 榊は榊で悩んでいた。



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