第4章-15 僕と出会ってくれてありがとう
「よくやったな。柏木」
会場から脱出した一同が柏木を囲んで労わっていた。榊が代表するように声をかける。
「ありがとうございます。俺、やっと決着がつけられました」
柏木は泣きながらも晴れ晴れとした顔であった。
その時、竹乃のスマホが着信音を立てた。
「ふむ、ちょっと失礼するぞ。……もしもし、ああ、ミナノか。見つけたか。それで、覚えていたか?ふむ。よし、そのままそやつに代われ」
竹乃はスマホから耳を話すと柏木に向かって声を掛けた。
「柏木、お前と話したい奴がいるそうじゃ」
「? わかりました」
柏木がスマホを手にしようとしたのを竹乃が制す。
「ちょっと待て。特別大サービスでこちらへ転送して実体化させてやる。ただし、三分間で向こうへ戻るから心して話せよ」
そういうと竹乃がスマホを柏木へ向ける。すると映像が飛び出て立体化していった。
『陽斗!』
「……理桜?」
懐かしいその声。聞き覚えがある声だ、間違いない。髪が少し伸び、スカートをはき、少しだけ成長した姿の少女。あれから十数年経っているからその分成長したのかもしれない。いや、今はそんなことどうでもいい。理桜が目の前にいる。
「生きていたのか!? 理桜!」
『ああ、人間達が挿し木してく……陽斗?!』
理桜が答えるよりも先に柏木は理桜を抱きしめていた。
「良かった。生きていてくれたんだ、理桜!」
『ちょっと、陽斗、苦しいよ』
柏木は先ほどとは違う涙を流していた。
「俺、いや、僕はずっとずっと言えなかったことがあるんだ。君が生きていたら言おうと思っていたことがあるんだ。言える日が来るなんて」
一人称が子供の時の僕に戻っていたのは懐かしさと嬉しさとないまぜになっているのかもしれない。でも、あの頃の言葉で言いたい。
『陽斗?』
「理桜が好きだって言いたかったんだ。親友ではなくて恋人になりたかった。他のやつじゃなくて、僕と出会ってくれてありがとうって」
『陽斗……』
柏木は尚も理桜を抱き締めていた。
そんな二人を眺める榊達。
「転送の手間さえなければ野暮だから離れるのだがの」
「おたけ様はいつ、あの精霊が生きているって知ったのですか」
「ああ、あの桜は市が指定した保存樹じゃったからな。そこで緑地保全課の資料をめくったらあったのじゃ。それによると火災の後に保存会の者が生き残った根元の若芽などをあちこちに挿し木したと記録があっての。挿し木された先を調べたら、一か所だけ秩父の公園にて定着して成長しておった」
「それでミナノさんに調べに行かせたのですね」
桃瀬がもらい泣きしながら、竹乃に問いかける。
「ちょっとコンビニを休んでもらってな。挿し木の分身と言っても記憶が残っているか、わからなかったからの。まあ、尋ねたらきちんと覚えておったから良かったがの」
「良かったですね、柏木さん」
「ああ……。それから桃瀬君」
いつになく厳しい口調で榊が桃瀬に向き直った。桃瀬は緊張してピシッと背筋を伸ばして返事をした。
「は、はいっ!」
「君も無茶をするな。いくら精霊を引き寄せやすいからと言っても、わざと囮になる真似はするな。こないだの与野駅の現場といい、君に何かあったらと思うと危なっかしくてたまらない。……本当に心配かけさせないでくれ」
「はい……。すみません」
「榊も不器用じゃのう。ま、ライバルが一人減ったから良いようなものの」
「おたけ様は黙っていてください!」
その時、榊のスマホに着信音が響いた。
画面を見て「また非通知か」と険しい顔をしながら電話に出た。
『やあ、今回は俺の負けだな。ま、花を持たせてやるよ。ちなみにイフリートはあの一体だけさ。もう出ないよ』
「……何が目的だ」
『お前に勝ちたいだけさ』
「勝つも何も、俺は最初から勝負する気など無い」
『いや、舞台には引きずり出すさ、必ずね。じゃ、君のかわいい部下によろしくね』
「おい! 何を企んで……! チッ、切られたか!」
「主任、今のは……?」
桃瀬が不安気に尋ねてくる。今は部下たちを巻き込むわけにはいかない。
「いや、何でもない」
「主任……」
悠希が近づき、榊に耳打ちする。
(もしかして雄太兄さん?)
(ああ、だがまだ皆には言うな。これは榊家の問題だ)
(わかったわ)
こうして、イフリート事件は幕引きを迎えたのであった。
数日後の精霊部門。柏木がいない事務室で榊と桃瀬は仕事をしていた。
「柏木さん、今日の休暇って予定休でしたっけ?」
「ああ、秩父まで二泊三日の旅だとか。理桜さんにきちんと会ってくるそうだ」
「恋の告白してましたものね。うまくいくといいですね。現代にもこういう話があるのですね」
うきうきと桃瀬が言うのとは対照的に榊は素っ気なく言った。
「ああ、でも戸籍上は生涯独身だな。在来種精霊でも戸籍は無いからな。それに、桜の精霊話だと安曇野に魅入られて取り殺された若者の話も……」
「……榊主任、理桜さんがそんなことする人、もとい精霊に見えなかったのは一緒に見ててわかるじゃないですか。それに女心に疎いにもほどがあります」
冷ややかな桃瀬の視線に気づいて榊はうろたえた。
「え? なんかまずいこと言ったか?」
「主任、やはりいろいろダメすぎます。だから妹さんに心配されるんです。そう言えば、こないだのミートフェスタの時に来ていた私服もダメダメでした!」
「え⁈ しもむらばかりというから買い足したのだが、ダメなのか⁈」
「ユークロの服ですよね? 否定はしませんが、組み合わせがダメすぎます! オタクってなんで馬鹿の一つ覚えみたくチェックばかりなんですか⁈」
「え、俺? オタクなのか?」
「オタクかどうかはともかく、主任の格好はオシャレから三万光年は離れていますよ! よし! 決めました! 明日にでも買い出し行きましょう! 頓挫していた主任の『脱・おっさん化を食い止める計画』発動です!」
「え。いや、そんな勝手に決められても。オシャレくらい自分も……」
「ならば、メンズファッションブランドを三分以内で三つ答えてください。ただし、検索禁止、しもむらやユークロなどのファストファッションとアディーオなどのスポーツブランド除きます。それで答えられればオシャレ知識あるとみなします!」
「え?! ……えっと。」
唐突な問いかけに榊は狼狽えた。メンズブランドなんて無縁の世界だ。三分経過しても一つも答えられない。って、世の中にはそんなにブランドがあるのだろうか。
「はい、決まりです。主任のファッション知識はゼロです。じゃ、駅改札口のカフェタマルシェに十時に待ち合わせしましょう!」
「お、おい、そんな勝手に」
「また、悠希さんにいじられますよ。実家に帰りたくない理由の一つですよね。大方、さっさと結婚しろと家族に言われているのではないですか?」
正確にはそればかりではないのだが、図星を刺されている。ダメージ大きく、榊は撃沈した。
「さ、そうと決まれば、残業なんてしてられない! さっさと退庁します。お先に失礼しまーす!」
嵐のようにまくし立てて、桃瀬は去っていった。榊は唖然として頭を抱える。
「どうしてこうなった……。でも、まあ、彼女は無事だったし、命の危険に何度も遭った割には立ち直り早いな。良かったのかもしれないな」
榊はぼやきつつも、安堵するのであった。
~第4章 了~
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