第4章ー13 緊張の張り込み

 あれから二週間後。

『皆様、本日はさいたまミートフェスタにお越しいただき、誠にありがとうございます。火災発生時の非常口のご案内をいたします……』

 さいたま新都心駅そばにある複合施設「さいたまワンダーアリーナ」にて肉フェスが開催されていた。

 精霊部門からの情報提供もあり、そばには消防車がスタンバイしている。元々、こういったイベントには待機しているものだが、今回は人手を増やし、更に火野や環境省の三人も待機していた。

「主任、今日は悠希さんもいらっしゃるのですか?」

「ああ、武器もの武器ものだけにギリギリまで冷蔵施設で待機してもらっている。こちらにいると万一の時は避難する人で混乱するから、取りに行けなくなる恐れがある。だから、柏木へ手渡すための待機要員だな」

「ああ、そっか。肉フェスだから冷蔵施設がありますものね」

「本人は肉を食べたがっていたがな」

「あとで、ノンアルコールビールと一緒に差し入れを持っていきましょうか」

「あいつ、かなりの大食らいだぞ。それにまたからかわれるから行かない方がいい」


「二人とも、今日は人命もかかっているのですよ。見回りしっかりしてくださいよ」

 柏木が真剣な顔で二人に注意する。その顔にはいつものお調子者の面は無い。

「あ、ああ、済まない」

「ごめんなさい、柏木さん。ところでその荷物持ち歩くのですか?」

 桃瀬が柏木の姿を改めて眺めて尋ねる。いつもの作業服ではなく、消防局から借りた防炎服のジャケットを羽織り、大きなケースを背負っている。

「ああ、かさばるけど悠希さんと同じ理由さ。詰所に置いてしまったら万一の時にスタンバイできない」

「そうか。ならば、柏木はそれを持って二階の席で支度して待機しろ。その荷物だとアリーナフロアでは見回りに支障が出るし、上ならば全体を見渡せる。連絡用の無線は常にスイッチ入れて、悠希と後で合流する竹乃さんと連携取れるようにしとけ」

「了解しました。じゃ、持ち場へ行きます」

 柏木は簡潔に答えて、二階へ向かっていった。そんな彼を見て桃瀬が感想を漏らす。

「本当に柏木さん、今日にでも仇を取るつもりですね。いつになく真剣です」

「ああ、いつもならおちゃらけて『肉食べたい』と駄々こねそうなのにな」

 二人が話し込んでいると後ろから竹乃の声がした。

「おう、榊に桃瀬。ここにいたのか」

「あ、竹乃さ……着ぐるみ⁈」

 そこにはさいたま市のゆるキャラ「ドラゴ君」の着ぐるみを来た竹乃がいた。頭の部分は取り外しているが、ずんぐりとした格好に端正な顔は不釣り合いである。

「ああ、さいたま市役所のブースがあってな。さいたま市の地ビールに地酒、ご当地ソフトドリンクなどを売っている。そのPRキャラとして参加しておる」

 架空の竜神の子供の着ぐるみに本物の竜神が入っている。よく考えるとシュールだ。

「それで機敏に動けるのですか?」

「力を使う分には支障はない。それに力を使うときは顔を見られたくないからの。まだ人の中で人として働いていたいからな」

「おたけ様、無線は常時ONにしてくださいね」

「あい、わかった。だが、言っておくがここは見沼から離れているし、屋内じゃ雨は降らせられぬ。消防車があるとはいえ、こないだの火災の時より水は少ないからあまり期待するなよ」

「わかっています」

 竹乃は着ぐるみの頭を被るとさいたま市ブースへ戻っていった。

『皆様、本日はさいたまミートフェスタにお越しいただき、誠にありがとうございます。火災発生時の非常口のご案内をいたします……』

 消防局のアドバイスで頻繁に避難場所の案内放送の頻度を上げているため、BGMより案内放送の方が耳に焼き付く。


「本当に現れるのでしょうか」

 桃瀬が不安げに尋ねると榊は苦々しげに答える。

「予告するからには現れる。奴は精霊を召喚できるようだからな」

「奴……?」

「さあ、桃瀬君。そろそろフェスタの開始時間だ。持ち場の見回りを頼む。無線は常にONにしてくれ」

「は、はい」

 急き立てられるように桃瀬は無線のスイッチを入れながら歩き出す。

「奴」とは誰だろう。こないだの電話の主なのはわかる。しかし、榊は頑なに詳しく話さない。最初の時も榊家のことを自分に隠していたことから恐らく実家絡みだとは思うし、話したくないのだろうとはわかる。

 しかし、情報を共有したいのと、自分は榊に信用されていないのだろうかという寂しさも募る。

 今は与えられた任務をこなそう。桃瀬はそう言い聞かせて持ち場へ向かった。


 客が入り始め、美味しそうな匂いが漂い、肉を焼く音や呼び込みの声が聞こえる。柏木や消防局の話ではコンロから突如イフリートが飛び出してきたという。

(自分、引き寄せやすいから目を光らせないと)

 予告するような輩だ。現れるならば開幕直後より混雑するお昼頃だろう。

(待って、自分が引き寄せやすい体質ならば? もしかしたら……)

 そう考えた桃瀬は無線で柏木達へ連絡をした。

「柏木さん、万一イフリートが現れた場合、今持っている武器が使えるベストポジションはどこですか? 私、敢えてその辺りにて見回りします。今までのパターンからして、外来種精霊は私のそばに出現するはずです」


 程なく、桃瀬の読みが当たることになる。

 混雑し始めたお昼前、桃瀬の見回っていた付近のブースの店主が調理のコンロから目を離した隙に火柱、いや、イフリートが出現したのだ。

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