第3章ー13 張り込み、後のボコり

 祭壇へ向かって人影が近づいてくるが、なかなかシルエットが大きくならない。それにシルエットは二本足で立っているものの、しっぽがあり、耳が頭のてっぺんについている……つまり猫型のシルエットだ。

「あれ? もしかしたら精霊なのですか?」

 桃瀬が目を凝らしながら榊へ尋ねる。

「ああ、間違いない。田沼課長からもらった仮の分布図からして、米泥棒は精霊の仕業かもしれないと思ったら、やはりその通りだった」

主任しゅにぃぃぃん、それを早く言ってよぉ」

 柏木が拗ねたように不満を漏らす。

「確証が持てなかったんだ、すまんな」

「なんだか、猫みたいな姿ですね」

「ああ、あれは“コア”という精霊だ。見た目はかわいいかもしれんが、ペルー出身の邪悪な精霊であり、破壊的なひょうをもたらして畑の作物を台無しにする。だから現地の人は雹を降らせないように、供え物をして宥めるそうだ」

 榊の淀みなく答える様を見て、本当に精霊の知識は博識だと桃瀬は感心する。やはり榊家の人間だ。怖いから口にはしないけれど。

「ペルーなんて、地球の反対側じゃないですか、どうやって持ち込まれたのですかね」

「さあな。日系人も日本へやってくるし、ワインやコーヒーもペルー産が増えているからな。意外と日本は様々な国と繋がっているってことさ」


 三人が小声でやいのやいの言っている間に精霊コアが米を担いで去ろうとしている。

「よし! 現場を押さえた! 捕まえるぞ!柏木達は手袋着用しとけよ! 桃瀬君はライトアップと動画撮影を頼む!」

「わかりました、主任っ」

了解ラジャーっす! 主任っ!」

 なんだかんだといって、精霊の捕獲になったからか、柏木は楽しそうだ。


「よーし! そこまでだ!米泥棒!」

「そこまでです、泥棒さんっ!」

 桃瀬がライトで精霊を照らし、柏木がエアガンを構える。榊は後ろに回ってコアの逃げ道を塞ぐ。

「なんダ? わしへノ供え物をもらっテ帰るのに何が悪イ?」

「違げえよ、それは日本の神様への捧げもの! おめえのじゃねえよ。文字通り泥棒猫だな」

 どうやら、コアは自分の供え物と認識して持ち去っていたようだ。

「ペルーの精霊、コアよ。それはこの見沼田んぼを治めている竜神への供物です。戻していただけませんか?」

 柏木の熱さとは対照的に榊は冷静に呼び掛ける。

「なんダ? 邪魔をするのカ? これはわしのもんジャ。奪おうとするならば容赦せン。それとも雹を降らせたいのカ?畑ではなくお前ら目掛けて降らせてもいいのだゾ」

 どうやら、話し合いに応じるつもりは無いらしい。

「と、とにかく伊奈さんや竹乃さんとの誤解を解くためにも、そ、そのお米をお、置いていってください!」

 噛みながらも桃瀬も呼び掛ける。


「うン? おなごもいるノカ? ならばお前が代わりでもいいゾ。人身御供は本来は受け取らない主義だガ、お前ほどの器量ならば悪くな……」


「「抹殺」」


 柏木がエアガンを撃ち、榊がヤクザキックをかましたのはほぼ同時だった。


「か、柏木さん、榊主任、反応が早いです。って、私、また精霊に目をつけられてるし」

 自分が変なのに目をつけられやすいのは人間だけではないらしい。認めたく無かったが、こうも続くと認識せざるを得ない。


「榊主任、こいつ、抹殺でいいですよね」

 青筋立てた柏木が護身用のエアガンから、抹殺用の改造エアガンに持ち替えながら榊に問いかける。

「ああ、元々畑に害なす精霊だしなあ。在来の神様も困ってるしなあ。桃瀬……人まで拐かそうとくればトリプル役満だな」

 榊も目が笑っていない顔で指をポキポキ鳴らし始める。地雷ワード踏んでなくてもドSモードに入っているようだ。

「意見が一致したってことで攻撃行きますか」

「おう、十条三項精霊適用だな」


 コアはエアガンの呪縛から立ち直り、態勢を立て直すと反撃に出た。

「人間ごときにと思ったガ、榊の者がいるのカ。簡単にやられてたまるカッ!出でヨ、雹! あの者達へ降らせヨ……」

 その瞬間、雹が降り始めた。

「うわっ! 痛てっ!」

「きゃあ!」

 二人が慌てて頭を押さえる中、榊は冷静に呪文を唱える。

勝殿領分かつどのりょうぶん毛呂七分もろしちぶっ!」

 次の瞬間、雹が消滅した。

「なっ! 何故ダ?!」

「埼玉県は毛呂山に伝わる雹避けのまじないだ。人間に育てられた竜神の恩返しで、この言葉を唱えると雹が降らない。あ、おたけ様とは違う竜神だぞ。」

「さすがは榊主任っすね。じゃ、俺も攻撃っ!」

 柏木が改造エアガンで容赦なく撃つ。

(って、柏木さんのあれ、確かAK47。絶対に私物よね)

「ぐオオ!」

 まじないがかかったBB弾は容赦なく精霊にダメージを与えているようだ。

「柏木、止めは俺が差す、というか差させろ」

 精霊はよろよろとしながらも憎悪の目付きで凄んでくる。

「ふ、ふざけやがッ……」

「ふざけてるのは貴様だ!」

 榊がドロップキックを掛けたのはコンマ〇・五秒後であった。

「ぐハッ!」

「どいつもこいつも、榊と聞いた途端に態度が変わりやがって! ムカつくんだよ!」

 倒れたコアの上を靴で何回も踏みつける。

(あの靴って、いつぞやの安全靴に鉄板仕込んだ特注品よね。痛そう……)


「相変わらず主任はドSだねえ」

「柏木さん、あんまり大きな声で言うと聞こえますよ。って、撮影続けていいのですかね?」

「ま、後で編集できるし、竹乃さんに説明するのに必要だからね」


「俺はなあ、公務員になって霞ヶ関の本省へ行って、官僚になって政治家と渡り合いたかったんだよ! なのに榊の人間だからと言って家業と似た仕事する羽目になったんだ! 貴様らのせいでなあぁぁぁ!」

「そんなのわしが知るカッ! って、うワ!」

 反論するよりも前に榊のローリングソバットが炸裂する。


「榊主任って、野心家だったんですねえ」

「何の因果か実家の仕事と同じって、そりゃやさぐれるよな」

「でも、公務員だから転勤ありますよね。ちょっとの辛抱じゃ?」

「いや、きっと裏技で精霊部門一課と二課を作って、その間をぐるぐると回す方法でもやるんじゃね? 似た話あるじゃん。」

「あー、あり得ますね、それ。あ、そろそろ止めを差すみたいですよ」

 桃瀬と柏木が榊の一方的な攻撃……というかボコっているのを見届けながらおしゃべりしている。柏木はもちろんだが、桃瀬も榊の二面性に耐性がついてきたらしい。


「そういう訳で貴様は在外精対法規則十条三項に基づき抹殺する!」

「いヤ、かなり私怨入ってないカ?」

「ああん?聞こえねえな。」

「いや、絶対に私情だロ。現にあのおなごヲ……。」

「最後までガタガタやかましいわ! 臨・兵・闘・者・皆・陣・列・前・行!!」


「ぎゃアアア!」

 九字を切られたコアは断末魔の悲鳴を上げて消滅した。


「榊主任、お疲れ様っす」

「録画、一応最後までしましたー!」


「ああ、お疲れだったな、二人とも。じゃ、約束通り奢るか」

 メガネを直しながら、榊はにっこりと微笑んだ。

「よっしゃー! 暑いからビール!」

(やっぱり敵に回すと恐ろしい人だわ。回す気はないけど)

 桃瀬はしみじみと実感するのであった。

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