第6話

 小ルシィを見ていると、好奇心が人を如何に大胆にするか分かる。

 駅までの道のり、短い商店街を抜ける間に、十回以上は足を止めた

 ショーウィンドウを見たり、匂いを嗅ぐ度に目を丸くしては振り返り、こちらに手を振る。

 かわいいのだが、いや、かわいいからとても目を引くようで、普段は挨拶もしないお店の主人から、声をかけられたりする。

「外国から来た父の友人の娘さんで、案内を頼まれて……」

 その度に、でまかせを言う羽目になる。


 駅まで辿り着き、ハブ駅から環状線に乗り換えて、繁華街へ。

 自分の世界を自慢したくて、女の子に人気の場所を選んだが、異国風の少女連れはかなり目立った

 ルシィは、どの店も興味深そうに覗いてみるが、商品を手に取ったり店内に入ったりはしない。

 やはり、言葉も通じない知らない世界で、少し慎重になってるみたいだ。


 ルシィが、露天のクレープ屋を覗いていると、店員に声をかけられた。

 驚いたのか、手をぶんぶんと振ってから、こちらへ小走りで駆け寄ってきた。

 丁度良い機会なので、クレープを二つ買って一つ渡す。

 俺が食べるのを見てから、思い切りよくかぶりついた。

 知らない単語が出てきたが、ルシィの満面の笑みを見ればわかる、きっと『美味しい』だ。

 右へ左へと忙しく走り周るルシィの後を、のんびりと付いていく。

 それにしても元気が良い、中身まで子供に戻ったんだろうか?


 繁華街を折り返して、ルシィの目に付いた物を、幾つか買う。

 ピンクのプラスチックの髪留め、黄色いスカーフ、カラフルな傘に、合成皮革とゴムのソールのサンダルなど、これはちゃんと大きいサイズを選んでいた。

 何でも、好きなもの、買って、良い、と身振り手振りで伝えようとしたが、果たして通じたのかどうか。

 ルシィは値札を見て、数字は分からずとも桁は分かるみたいで、高くない物ばかり選んでくれた。

 早めの夕食に、パスタ屋へ。

 箸は使えないだろうから。

 パスタにジュースにデザート、また例の単語と笑顔で、満足して貰えたことが分かった。


 戦利品を持って、家へと戻る。

 商品選びと言うより、普通の買い物になってしまった。


 今日の話をするために、またあちらの世界へと行く。

 着替え終わったルシィが、待っていてくれた。

「すごく楽しくて、珍しかったです! それと美味しかったです!」

 それは、本当に良かった。

「人も家もお店も多くて、凄いです!あれ、どれくらいの人が住んでるですか?」

 次から次へ、質問や感想が飛んでくる。

 一つ一つ答えたり解説したり、俺の世界では言葉が通じなかったので、何時まで経っても終わる気配がない。

 それでも、楽しんで貰えたなら良い、はしゃぐ小ルシィはとても可愛らしかった。

 時間も忘れて話し込んだ頃、本題が飛び出した。


「これ、この薄紅色の髪飾り、この素材は見たことがないです」

 ピンクのプラスチックの髪留めのことだ。

 鮮やかな色が着いた、軽くて丈夫な素材、これはこっちの世界にはない。

 強いて挙げるなら、琥珀が近いと思ったとルシィが言う、するどい、似たような物だし。


「他には、色とりどりの産物に目がいきました。あれだけの染料をあらゆる物に使えるなんて、本当に豊かなんだなって。生地とか服とか、もっと沢山持って帰りたかったです!」

 女の子目線の意見は、とても有り難い。

 しかし、売るには買い手が居なければならない。

「この世界の女性って、お金はや通貨は持ってるの?」

 女性に財産権が無い場合だって有り得る。

「もちろん持ってますよ? 親から受け継ぐ事もありますし、自分でも稼げます。この国の法では、王位や爵位だって女性が継げます」

 なるほど、それなら安心だ。


「じゃあ、こういった装飾品とか布とか、この街で売れるかな?」

 髪留めと、スカーフを指して聞く。

 安くて軽くて大量に仕入れることが出来る、これが売れるなら安泰だが。

「うーん……木工品のギルドはありますが、小物は扱わないですし、これ木ではないですから大丈夫だと思います。こちらの、布生地や毛織は流通ギルドの専売品です。染色したり服飾品を作るのは、職人ギルドに加盟する必要があります。ここらの人は、生地を買ってから染めてもらい、自分で作る事が多いですけど」

 聞いてはいたが、思っていた以上に面倒くさい。

 よそ者が勝手に儲けるなんて許可しない、国の運営からすれば、当たり前なのだろうが。


 それなら、これはどうだろうか。

 荷物からピンクの丸い手鏡を出して、ルシィに見せる。

「これは、鏡ですね!」

 あれ、知ってた。

「あちらで、大きな鏡や透明な硝子が沢山あって、凄い技術だなあって思ってたんです。透明な硝子も、それに銀を張った鏡も、とても高価で貴重なんですよ」

 それならギルドは?

「鏡のギルドは、この国にはありません。東方の特産品で、運ばれてくるものだけですから。瓶や色付きの硝子は、職人ギルドがありますけどね」

 自国の産業でなければ保護しない、徹底してるなあ。

 だが、有り難い、これは目玉商品になりそうだ。


 せっかくなので、手鏡をルシィにプレゼントした。

 とても喜んでくれたが、そのまま鏡を向けられる。

「サガヤさんの世界に行った時に、気付いてたのですけど、こっちに来てサガヤさんも若くなってますよね?」

 言われて鏡を覗きこむと、確かに若い。

 高校生とまでは行かないが、肌艶が良くなっていて、小ルシィと同じ現象が起きていた。

 これくらいなら問題ないが、もっと影響が大きくなれば、どうなるのだろう……



 魔法の副作用に驚いたが、商品は決まってきた。

 しかし、手鏡とプラスチックの小物だけでは弱いので、一応聞いておく。

「塩や砂糖とか、香辛料なども売ってはダメかな?」

 これには、予想より厳しい答えだった。

「塩、岩塩はこの国の主要産品で、御用商人以外は扱えません。密売すると、死罪もあります。砂糖や蜂蜜もこの地域では珍しくないですよ。辛い味付け料も、南岸地域から大量に輸入されていますし……」

 そうか、地形が違えば産物も違う、地球の中世のようにはいかない。

 一度、地図があれば見せてもらおう。


 ならばもう一つ。

「化粧品ってある?」

 いっそ、女性をターゲットにしてしまおうと思う。

「顔料や紅ですか? ありますけど、お祭りやの時や、飲み屋さんとか、その……夜の商売してる女性以外は、余り使いません。結構高いですから」

 あるのか、風俗! そりゃそうか、古い職業だもんな。

 化粧品は、少量を運ぶ行商人から買ったり、自宅でも作ったりするらしい。

 花から取れる紅はギルドの管理だが、売るのは大丈夫だそうだ。


 売るものは、おおむね決まった。

 あとは値段を決めねばならないが、ルシィが凄く眠そうだ。

 探索陣を初めて行き来した時、猛烈な疲労と眠気に襲われたのを、思い出した。

 ルシィの頭が右へ左へと揺れている、ここまでにしよう。

「バイバイ」と挨拶してから、ポンペイさんに魔法陣まで案内してもらう。

 明日からは、このゴーレムが扉を開けてくれるそうだ。

 雑用兼警備員兼メイド、我が家にも一体欲しい。


 家へと戻り、幾つか調べ物をしてから床に付く。

 フェアンの街では、明後日が市の日だそうだ。

 それに合わせて、買い込むとなると、明日しかない。


 魔法の文物が、マナが抜けてこちらの世界で売れそうにない、これは誤算だったが、商品はこっちの方が数も質も豊富だ。

 明日から、忙しくなる。

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