第4話 神帝暦645年 4月23日

「ああ、死にかけのビッグ・リッチが道端のどこかに転がっていませんかねえ?」


 ちっ、どこにも見当たらねえな。くそっ、一攫千金の夢が叶うことはないのか? 俺には!


「リッチ族はすでに死んでいるんでしょー? そんな死にかけのリッチなんかがその辺りの道端に転がっているんなら、あたしのほうが視てみたいよー。お師匠さま、それよりも、あたしの魔法の成果を見てほしいなー?」


 今日も今日とて、【欲望の団デザイア・グループ】の訓練広場の一角で、俺はユーリを一人前の冒険者に育てるべく邁進しているわけである。ふぁあああ。春ってのは、なんでこんなに眠いんだろうなあ?


「はいはい。わかりましたよ。で? それは何をやっているつもりなんだ?」


「水の玉をいくつか空中に浮かべて、それを一斉に相手にぶつけようと想っているんだよー?」


 ユーリが水の魔法を使うための基礎である水の精霊への呼びかけをおこない、直径5センチメートルほどの水の玉を3個、宙に浮かべているわけである。


「何を考えているか、いまいちわからんが、それをどれくらいの速度で相手にぶつけるつもりでいるわけなんだ?」


「うーーーん。モンスターの身体に穴が空くくらいかなー? だから、時速200キロメートルくらいー?」


「ただのこぶし大の水の塊を時速200キロメートルで飛ばそうが、穴が開くのはスライムくらいだわ。どうせなら、その水を凍らせて、それをぶつけるくらいの発想を持てよ?」


「ああー。言われてみればそうだねー? でも、水を凍らそうとする場合は、水の魔法と風の魔法との合成魔法になるんだよねー? あたしは合成魔法を使えるほど、魔法のスキルは持ってないよー?」


「まあ、そうだな。よく勉強しているじゃねえか。感心、感心。魔法で水そのものを操ることは出来ても、水自体の性質を変えるには合成魔法が手っ取り早いんだ。そりゃあ、水の魔法を極めれば、水を凍らすこと自体は可能ではあるわけだ。だが、そんなところまで常人じゃ到達できないってことだな」


「お師匠さまの解説だと、その筋の魔力B級もしくはA級まで行かないと無理だって言ってたねー。でも、C級でも可能なのが、合成魔法なんだよねー?」


 ユーリが魔法について、自分の知っている知識を俺に言ってくる。そもそもとして、魔法には4種類あるのだが、それは火、水、風、土と言った、赤ん坊以外なら誰でも知っている【四元魔法】である。


 その【四元魔法】の内、ユーリなら水と風の魔法を使うことが出来、俺は火と風の魔法を使うことが出来る。というわけでだ。


「ん? 俺にご高説を垂れてくれるのか? なら、風魔法についても教えたことを解説してもらえるか?」


 復習も兼ねて、ユーリにさっそく、風の魔法の解説を行ってもらおうとする俺である。


「えええー? 面倒くさいよー」


「良いか? 本当に技術を修得してると言えるということは、それを他人に教えることが同時にできると言うことでもあるんだ。学習と言うのは、誰かから教わって、さらにそれを他の誰かに教えれるレベルであることが肝心ってわけだ」


「なんだか、言っていることがおじいさんくさいなー。お師匠さま、いくら、40歳だからって、言ってることがおじいさんくさいと、精神年齢が肉体年齢に比例しなくなっちゃうよー?」


「うるせっ! そんなことは良いから、とっとと、風の魔法の解説をしやがれ! もし間違ったら、訓練用広場の外周を3周させるからな?」


「はーい。お師匠さま。んっと、風の魔法ってのは、大気に流れる空気を自由に操るのに秀でていてー。攻撃を主目的にするよりも、支援魔法にこそ真価を発揮する。で、あってたっけー?」


「おう、いいぞ。よしよし、しっかり座学の成果が出ているな。じゃあ、風の魔法における支援魔法について、自分の知っている範囲で言ってみろ?」


「うーーーん。お父さん……じゃなかった、お師匠さまが得意としている武器に風をまとわせて、武器の攻撃力をあげる【風の神舞ウインド・ダンス】でしょー」


 ほう、さすがは我が娘。そこを1番最初に解説するとは、良いセンスだ。あとで、大福でも買ってやろう。


「それと、自分の身体を風の膜で包んで、魔法防御力を上げる【風の断崖ウインド・クリフ】でしょー」


「そうだな。それはアマノが最も得意とする風の魔法だな。アマノは自分だけでなく、徒党パーティ全員の魔法防御力を風の断崖ウインド・クリフによって瞬時に上げることができる。魔力C級程度が相手なら、1発や2発程度の魔法攻撃ではアマノの風の断崖ウインド・クリフはびくともしないな」


「じゃあ、お師匠さま程度の魔力だと、アマノさんにはまったく手も足も出ないってことー? これは夫婦喧嘩になったときに、お師匠さまがボッコボコにされるだけだねー?」


 うぐっ! 俺の心に100のダメージがっ!


「ふ、夫婦喧嘩に魔法は使用禁止だからな? だから、俺にも一応、勝ち目はある」


「そんなこと言っておいて、昨夜もボッコボコにされてたよねー? なんで、しょっちゅう、喧嘩するくせに、この夫婦は別れないのかなー?」


「喧嘩するほど仲が良いって言うから、大丈夫だ。多分……。まあ、昨夜の喧嘩はユーリ、お前の育成方針についての相談がきっかけだったからな?」


「ええー? なんで、ふたりの喧嘩の種のために、あたしを利用してんのー? そんなの、あたしの無断使用だよー。裁判で訴えたら、あたし、絶対に損害賠償を請求できる気がするよー?」


「裁判とか物騒なことを言ってるんじゃねえよ! なんで、お前の話をしていただけで、俺は娘に訴えられなきゃならんのだ。それこそ、俺がお前の下着の匂いをくんかくんかすーはーすーはと嗅いでてもしてたら、裁判を起こせ!」


「うっわー。それ、想像しただけで最悪だよー。嫌だよー。こんなのがお父さんだなんて、あたし、思いたくないよー」


「あほ! 例え話だよ。そんなことより、話の続きをしやがれ。あとひとつくらい言えるだろ?」


「うーん。うまくごまかそうとしていたんだけどなー? あとひとつは、うーーーん、ええと。確か、足が速くなって、移動速度が上がるやつなんだけど、魔法名が思いだせないー……」


「まったく。それは風の軍靴ウインド・ミリタリだよ。こっちは脚力が強制的に上がる。そして、もうひとつ、忘れちゃならないのが【風の恵みウインド・ブレス】だ。足が速くなるだけじゃなくて、身体の様々な動きが速くなるんだ。お前は魔法をメイン武器に戦うんだから、この魔法は重宝するぞ? しっかり、覚えておくんだぞ?」


「でも、その魔法って、アマノさんでも、通常時の1.5倍までしか、速度を上げれないはずでしょー? そんなの役に立つのー?」


「そりゃ、早口言葉も1.5倍の速度になるんだぞ? 詠唱時間が短くなるじゃねえか」


「そもそも、呪符を使うのに、詠唱時間もへったくれもないと思うですけどー?」


「何を言ってやがるんだ。呪符を使っても魔法を発動させるときにはトリガーとなる文言は唱えるんだぞ? あと、そう言えば、まだ教えてなかったなあ。 魔法ってのは種類によっては2重、3重に重ねがけができるんだよ。だからこそ、早口言葉の速度が上がるのは効果的だってわけだ」


「えええええー? それって、反則じゃないのー? だって、攻撃魔法を2重、3重にしたら、単純に威力が2倍、3倍って跳ね上がるんだよー?」


「まてまて。攻撃魔法を2重、3重にしてどうする。それなら、最初から攻撃魔法に注ぐ魔力を2倍、3倍にすれば済む話だろうが」


「あっ、それもそうだねー。でも、それなら、重ねがけする意味自体、なくなるんじゃないのー?」


 ユーリが俺の言っている意味がよくわからないよー? という表情をその顔にありありと浮かべるのである。まあ、これはまだ、ユーリに教えてない部分であるから、しょうがないと言えばしょうがないのだが。


「うーーーん。魔法の重ねがけ自体は、アマノからユーリに教える予定なんだがなあ? でも、つかみ程度なら、許してくれるかなあ?」


「今、夫婦喧嘩の種火をまざまざと見せつけられた気がするよー。まっ、いっかー。お師匠さまがアマノさんにしばかれるだけだから、あたしはかまわないかなー?」


 そんなことで、いちいち、夫婦喧嘩に発展してたまるかよ! そこまで、アマノは器が小さくねえよ! と、この時点でそう思っていた俺が甘かったことは言うまでもない。


「えっとだな。例えば風の神舞ウインド・ダンスがあるだろ。武器に風をまとわせるやつな。あれを重ねがけしておくんだよ」


「えっ? そうすると、武器の攻撃力が2倍に跳ね上がるのー?」


「いや、そう言うわけじゃないんだ。なんて言えばいいのかな? 効果時間が伸びるんだよ。見た目上ではな?」


 ああ、やっぱり、ユーリが何言ってんだこのおっさん? って顔付きになっているよな。そりゃそうだよな。この辺りは実践を重ねてみないと、わからないもんなあ?


「っんとだな。風の神舞ウインド・ダンスの効果ってのは、大体、敵を三回くらい武器でぶん殴ると効果時間が切れちまうわけなんだ。だから、重ねがけしておくことで、1回目の風の神舞ウインド・ダンスが切れても、2回目の風の神舞ウインド・ダンスが続けて発動するわけなんだよ」


「要は3回までしか殴れないのが、6回まで殴れるよ、やったぜー! ってことで良いのー?」


 あっ。こいつの言っていることのほうがよっぽどわかりやすいな。今度、誰かに説明する時は、これを使わせてもらおうか。


「ああ、その通りだ。まあ、詳しい原理についてはアマノに聞いてくれ。魔法の重ねがけ、これは【多重魔法】ってのが正式名称なんだ。でも、くれぐれもアマノに教わる時は、何も知らないって顔で講義を受けてくれよ? 俺が、アマノにとっちめられるからな?」

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