Questioned

「月城さん! お話をお聞かせください!」


「何か事件に巻き込まれてるんですか?」


などと、家を出るとまたマスコミが寄ってきたが、今度は一切何も言わずにタクシーに乗り込んだ。走り出したタクシーを何台かのバイクが追いかけてくる。恐らくマスコミだろう。全く、どこまでも煩い奴らだ。このままついてこられても鬱陶しいので、一台は燃料系にゴミを詰まらせてエンストさせてやり、二台は互いに接触させて転倒させてやり、さらに一台は信号を無視して路地から出てきた自動車のボンネットに突っ込ませてやった。


まあ大した怪我もしてないだろう。もっとも、これだけ手加減してやってるというのに死んだのならそいつがひ弱で間抜けなだけだ。私の知ったことではない。いい気味だ。


「……?」


タクシーの運転手はさすがに事故が相次ぐことを不思議がってたようだが、それでも余計なことを一切言ってこないのは、さすが大企業や政治家にもお得意様が多いタクシー会社ということだろうか。祖母がなぜこのタクシーを呼んだのかが分かった気がした。


『ふん…ここか…』


辿り着いたホテルも、政治家や大物芸能人がよく利用するという話のあるホテルだった。祖母が資産家だからか私も何度か連れてこられたことがある。この中にあるレストランが祖母のお気に入りなのだ。また、金銭的な余裕があることももちろんだろうが、こういうところは客のプライバシーについて口が堅くいろいろ融通も聞いてくれるんだろう。なるほどな。


地下駐車場は一台ずつが別々のフロアに振り分けられそれぞれの客が互いに顔を合わせることなくホテルに入れるようになっているようだ。普通に営業するにはあまりに非効率的で不可解な構造と思われるものの、利用する客層を考慮したものになっているのだ。こうすれば客を装ったマスコミなどがついてくることもできないということか。


いずれこのホテルに宿泊してることがマスコミにばれたとしても、そうそう取材もできないだろう。さすがだな。


タクシーを降りて祖母と一緒にエレベーターに乗り、専用のフロントでチェックインを済ませ、ホテルマンによる案内すら断り二人でそのまま部屋へと向かう。


部屋はこのクラスのホテルとしては一般的なツインだと思うが、祖母が一緒だと思うと少々気が重い。


『しばらくここに缶詰めか……』


私は少し憂鬱な気分で机に通学鞄を置き、リュックからは着替えを出してクローゼットに片付けた。そうしてる間に祖母はどこかに電話をかけていた。漏れ聞こえる会話の内容からすると警察だろう。私に対して任意で話を聞きたいということのようだった。まあそうなるだろうとは思っていたが。これも面倒な話だな。しかし避けることは出来ないか。


「こよみちゃん。警察の人がこれからきて話を聞きたいって言ってるんだけど、いいわね」


『嫌だと言ったらさらに煩くなるんだろう? 分かった、話ぐらいは聞いてやる』


とは口にせず、私はただ黙って頷いた。


が、さてどうごまかすか……


『私には何も分からない。両親は旅行に行ってると思ってた』でとにかく押し通そうとは思うが、警察相手にそれが通用するものかどうかは、やってみないと分からないな。だが一応、私の証言の裏が取れるような工作は少しやっておくか。


手っ取り早いのはネットカフェの利用記録の改竄だ。どうせアルバイト店員の記憶などいじらなくても碌に覚えてはいないだろうが、システム上の客の情報は、他の客のを私のものと書き換えてやろう。年齢が近く、年恰好が似ているものであれば、監視カメラの映像の書き換えも容易になる筈だ。


『さて…と、しかし原始的なシステムだな』


ホテルのWi-Fiを介して意識を飛ばし、私が以前から利用していたネットカフェのシステムに侵入する。私にとってはネットワークに侵入するのも普通にその辺を散歩するのと何も変わりない。物理的に遮断されていようが、電波を通じて侵入も可能だ。


『お、これはいい…!』


見れば私と同じクラスの女子生徒の名前があった。ちょうど私と背格好も似ている。同時に監視カメラの情報にも侵入して確認したが、キャップを被り顔がはっきりと見えず、細工する必要もないくらい私と区別がつかなかった。よしよし、これにしよう。


さっそく女子生徒の顧客情報を私のものと書き換える。これでアリバイは出来た。この情報があれば他に矛盾する点が出てきたとしてもどちらが正しいのか判別は難しくなるだろう。まあ、都合の悪い情報を警察や検察が握り潰したりというのはよくある話だが、私のような中学生をそうやって陥れても連中にも得はあるまい。どうせ刑事責任は事実上負わせられないのだから。


『ま、それ以前の問題だがな…』


そもそも両親を殺したのは私ではない。デニャヌスだ。巻き戻そうと思えば出来たがやらなかったことを罪だと言うならそうかも知れんが、大体今の人間の法律でそれを裁くことが出来る訳もない。せいぜい、死体も何も見付からないが私が両親を殺して死体を何らかの方法で処分した、程度のシナリオしか書けんだろう。もしくは実行犯は別にいて、私は共犯ということにできるかどうかだな。


ただし、証拠も何もない状態でそういう冤罪を被せられるものならやってみるがいい。そんなくだらない真似をするなら、警察署が一つこの世界から消えてなくなる程度の覚悟はしてもらうがな。


祖母が電話をしてから三十分ほどして、二人の刑事が部屋を訪れた。若く長身だが痩せっぽちで<臆病者のポインター>という感じの頼りなさそうな刑事と、決して体は大きくなく見た目も地味だが噛みついたらしつこそうな<紀州犬>といった感じのベテラン刑事の二人組だった。まあ、ベテランにつかせて若い刑事に学ばせようという感じなのだろう。


『ふん…若い方はいかにもチョロそうだが、ベテランの方は意外と鬱陶しそうだな……』


私の直感がそう言っていた。


とは言え今日のところはあくまで事情聴取というレベルですらない、ただ簡単に事情を聴く程度の筈だがな。


「初めまして。私は捜査一課の今川いまかわと申します。こちらは同僚の広田ひろたです」


一見、温和そうに微笑んではいるが目はまるっきり笑っていない<紀州犬>を思わせるベテラン刑事(今川)がそう切り出した。


『ふむ…中学生相手だからてっきりまずは少年課辺りが出てくるかと思ったが……』


捜査一課と言ってたから、いわゆる殺人、強盗、暴行、傷害、誘拐、立てこもりとかを相手にする強行犯係というヤツだろう。いきなりそういうのが出てくるとは、どうやら私が思っている以上に警察も今回の事件を大きなものとしてとらえているようだな。


だが、そんなことは私には関係ない。最初の予定通りに私は徹底してカマトトぶる。カマトトという言葉なんて最近の中学生は知らないか。でもまあいい。殆ど前置きらしい前置きもなく事情を訊いてくる刑事に対して、私は、


「…私にも本当にどういうことか分からないんです…お父さんもお母さんも旅行に行くとしか言ってなかったし、学校から帰ってきたら二人ともいなかったから言ってた通りに旅行に行ったんだとしか思ってませんでした……」


と、いかにも<思いがけずに事件に巻き込まれて困惑している女子中学生>を演じてみせる。案の定、若い刑事の方は明らかに同情的な目で私を見ているのが分かった。だが、ベテラン刑事の方は、顔は柔和な感じを装っていても、やはり目は笑っていなかった。そのベテラン刑事が言う。


「そうなんだ。でも、ちょっと不思議なんだけど、君のご両親の旅行鞄も携帯電話も財布も、靴すら家に残されているとお祖母ちゃんはおっしゃってるんだ。どうして君はそのことに気付かなかったのかな?」


『あ~、こいつはあの菱川和ひしかわと同類の鬱陶しい奴だ』


と私は改めて理解した。自分の考えたシナリオ通りの言葉を相手から引き出そうとする下衆のやり口だ。


「分かりません…そこまで考えてませんでした。しばらく両親が家にいないっていうから羽が伸ばせるって思ってしまって、その晩からもう遊び歩いてたから…だから何にも分からないんです……!」


頭を派手に振り、ぽろぽろと大粒の涙を流してみせる。我ながら迫真の演技だと思った。


その日はもう、それだけで刑事は帰った。その帰る途中の会話を、私は聞き取っていた。


「あの子は本当に何にも知らないんじゃないですか? 親がいないってなったら羽目を外したくなるっていうの、俺にも覚えがありますよ。親がどこに行くとかどんな用事だとか、そんなことまで考えてませんでしたね」


やはり若い刑事の方は完全に私のことを信じているようだ。だが、ベテランの方の刑事は言った。


「まあそういうのは俺にも分かる。俺にも心当たりがある。だがな、あの娘は何か違うんだよ。言ってることが的確すぎる。本当に動揺してるんならもっと支離滅裂だったりするもんだが、中学生の女の子とは思えん位にしっかりしてるんだ。それが逆に引っかかる」


『ほほう? なるほどさすがは伊達に経験は積んでないということか』


思わず感心してしまう。


「そうですかねえ。あれくらいしっかりしてる子なんて今時そんなに珍しくない気もしますけど?」


「……」


広田という若い刑事の言葉にはもう応えることなく、今川というベテラン刑事は激しく思考を巡らせている気配を漂わせながら、ホテルを出て行ったのであった。


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