人が恋に落ちるのは、万有引力のせいではない。Ⅶ

***


 教室に五分前に到着した僕は、自分の席に着くや否や左前方を見つめる。


 そこには友達に笑顔で挨拶する毒ヶ杜さんの姿があった。

 今日も今日とて美しい毒ヶ杜さんを見て、僕の口角が上に上がる。


 しかし、横の取り巻きがかなり邪魔だ。


(おはよう、毒ヶ杜さん)


 心の中で毒ヶ杜さんに挨拶をして、カバンの中の勉強道具を机にしまう。


 さて、今日も毒ヶ杜さんを見て一日頑張るか。

 一気に自分に気合を入れると、教室の前扉から担任が入ってきて、ホームルームが始まった。


***


 ホームルームが始まって担任の第一声で、大事なイベントが舞い降りてきた。


「来週修学旅行に行くから」


 物凄くだらしがなくやる気もなく、事についても急だが、それを置いておいても修学旅行は学生生活の中では体育祭、文化祭に並ぶ一大イベント。


 テンションが上がらないわけがない。


 ……だって学校では見られない新たな毒ヶ杜さんが見れるんだぞ? スーパーハイテンション間違えなしだろうが。


 そんな事考え出したら、僕の想像、いや妄想は留まる事を知らないぞ。


 実に楽しみだ。修学旅行。うんうん。


「班とかあとー……何だっけ? ……まぁその他もろもろを午後授業で決めるから覚えておくように」


 その後、一息ついてあっ、あとと続けた。


「入学してから一ヶ月経ったので、これから席替えをしまーす」


 物凄いやる気のない声でそう言った担任はおもむろに教卓の上に正方形の箱をどすんと置いた。


 聞かなくてもあれが何なのか、予想がつく。

 大方くじ引きで席を決めようって事だろう。


 これは学校が始まって早々一大バトルが勃発したものだ。このクラスの男子の誰もが満場一致で毒ヶ杜さんと隣の席もしくは近くの席になりたいと思っているに違いない。


 かくゆう僕もその一人だが。

 現在、毒ヶ杜さんの隣の席及び近くは完全に女子で固められている為、男子が近くになった事はなく、ついでに言えば普段毒ヶ杜さんに話しかける不届きな輩もいない。


 何故って毒ヶ杜さんが高貴で優雅であまりにも天上の存在である為、皆話しかけられないのだ。それは僕みたいなナヨナヨしたもやしも、い切ってるヤンキーもカーストの真ん中も誰も例外なくだ。


 名前の順でくじを引いていく事になり、徐々に僕の番が近づいてくる。


 ここで整理しておくと大本命はもちろん毒ヶ杜さん。欲を言えば隣がいい。

 逆に絶対に当たりたくないのは、毒ヶ杜さんの取り巻きの品のないうっさい女。当然名前は覚えてない。


「はい次目島~」


 教卓の横に置かれたどっからか持って来たパイプ椅子に腰を下ろして踏ん反り返る担任がそう言って僕を見る。


「はい」


 素早く席を立つと、教卓に向かって歩き出し箱の前に立つ。


 ごくりと喉を鳴らして、鼻から目いっぱい酸素を吸うと、肩を下ろすのと一緒に口から吐き出す。


(大丈夫。絶対毒ヶ杜さんの隣を引く……)


 箱の上部に空いた穴に手を入れると、強く念じてーー


(毒ヶ杜さん、今会いにゆきますぅ!!)


 くじを掴んだ手を思い切り、箱から出してくじを見た。

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