第31話「想いを強さへ変えるもの、あいり」
――東京ユグドラシル。
今や本物の世界樹へと成り果てた、この建造物の本来の名称である。東京全域のあらゆる端末を補佐、補強するために立てられた、
その中で階段を駆け上がる
「ハァ、ハァ……今、何階くらい、だ? おい、
ゲームのキャラクターとしては、そんなに強くないレベルの
先程合流した
そんな中、元気なのはメイド長こと
「だらしがないですね、阿南先生。要さんもなんですか。そんなことでは、
「参ったなあ……華梨、君さ。このゲーム、そうとうやりこんでるでしょ」
「要さん程ではありません。ただ、わたくしはあいり御嬢様のためを思えばと登録を。そして! メイドとは一に体力、二に体力! 三、四も体力、五に体力です!」
「……僕は運転手だからさ、その……身体を使うのはどうも苦手で」
宗一はアイテムを実体化させ、千依に飲み物を飲ませてやる。
ハンティング・ファンタジアの世界を再現しているとはいえ、実際にテクスチャを貼られて動く宗一達は生身の人間だ。いくらサブリミナル効果で強化されていても、とうとう身体が悲鳴をあげはじめている。
こんな時に限って、背の抜けない魔剣ダインスレイヴが重い。
だが、こんな状況で宗一は予感が芽生えるのを感じた。
「あのっ、華梨さん!」
「はい。なんでしょう、阿南先生」
「あ、その前に……宗一で、いいです。なんか、先生って恥ずかしくて」
「……わかりました、宗一さん」
きわどいスリットの武道家が、長身に腕組みで階段の上から見下ろしてくる。
いやでも巨乳が強調されて、思わず宗一は目を逸した。
だが、自分の中で仮説が組み上がりつつある。
それを教えてくれたのは、目の前の華梨と要、
「華梨さん、そして要さん……ゲームの中でのレベルを教えてもらってもいいですか?」
「レベル、といいますと……」
「あ、ほら、華梨。簡単に言えばゲームのキャラクターの強さだよ。ちょっと待ってね。確か、こうすれば」
要の方がどうやら、ゲームの要領がいいようだ。
彼女は視線を外して、
思った通りで、ゲームと化した現実との整合性が取れていない。
「華梨が
「俺はLv80を超えてます。因みに、千依がLv32……ってお前、そんなにゲームしてたのかよ! ま、まあ、これでだいたいわかりました」
千依は
そして、全員を見渡して宗一は自分の考えを整理しながら話す。
「あくまで仮定の話ですが……この、拡張現実で東京を飲み込んだハンティング・ファンタジアは、ゲームのようでゲームじゃない。なにか、ゲームとは違う要素が強さに関係している気がするんです」
先程、アーマードラゴンに遭遇した。
あれは、比較的難易度が高いモンスターで、攻略にも知識や経験、なによりキャラクターのレベルが必要になる。それを、目の前の華梨と要は二人だけで倒してしまった。
ちょっと、考えられない。
不可能とはいわないが、非常にラッキーだと言える。
そして、ただの幸運には思えないのだ。
二人共、装備品や所持アイテムにレアリティの高いもの、高性能なものは見受けられない。だが、少なくともLv70前後の強さで戦っていたように宗一には見えた。
「つまり、僕達の今の強さが、実際のゲームのデータと噛み合っていないんだね?」
「そうです。お二人の強さは、俺とそこまで差がないように見えたんです。だから――」
だが、みなまで言うなとばかりに、クイと
「これは、そう……わたくし達があいり御嬢様を
「……あ、はい」
「なんですか、宗一さん。そうでなければ説明がつきません。でも……こうして身体を動かす方が、コントローラーを握っているよりやりやすいですね。わたくしはメイド長であると同時に、御嬢様の
とりあえず、華梨の常軌を逸した格闘能力の正体はわかった。
そして、ようやく落ち着いた千依も話に加わってくる。
「それ、なんかわかる! アタシさ、さっきバカやったけど……宗一達の敵になっちゃったけどさ。妖精のあいりが来てから、アタシがアタシじゃなくなってから……抑えてた憎しみが、そのまま力になった気がしたもん。恨みパワー? みたいな?」
そう、千依は凶悪なモンスター、悪魔の化身となって暴れていた。
それもやはり、宗一の仮説を裏付ける根拠の一つである。
つまり、このハンティング・ファンタジアでは、アカウントを持っている人間だけが冒険者となって戦っている。ただそれだけではない、それ以上の意味があるのだ。
そのことを語ろうとした、その時だった。
不意に立ち上がった千依が走り出した。
「お、おいっ! 千依!」
「みんな、こっち! 今、あいりが……あいりがいたっ!」
階段を駆け上がる千依の言葉に、宗一も慌てて追いかける。
明らかに自分とは疲労度の違う二人、華梨と要も続いてくれた。
東京ユグドラシルは
階段を走って、数フロア程上がると……千依は次の階段ではなく、開けたホールのような場所へと消えた。
「千依っ、危ないから単独行動すんなって!」
「見て、宗一! あいりだよ」
そこには、あいりがいた。
また、妖精の姿だ。
言葉を発することもできずに、背の四枚の
妖精のあいりは、そっとフロアの奥を指さした。
それを見て、華梨が慌てて駆け寄る。
「御嬢様! あいり御嬢様……ああ、おいたわしや。だからいつも、言って聞かせてますのに。ちゃんとメイド達の言うことをきくように、って……でも、ご無事、なんですね」
華梨の伸ばした両手の上に、小さなあいりが降り立った。
まるで
だが、消えそうなあいりの、その
やはりこの状態では、満足に自分の分身を維持できないようだ。
そして、宗一の考えに近い言葉を、不意に千依が叫んだ。
同時に、周囲に敵意が満ちる。
「千依ちゃん。宗一君も。モンスターみたいだ……華梨! さあ、立って! まだ、あいり御嬢様を救い終えてない。この建物にはきっと、旦那様だって!」
「そうですよ、華梨さんっ! アタシ、わかるんです……今、わかったんです! そのあいりをアタシに! ねえ、あいり……今度こそ、変えて! アタシの、本当の気持ちを! 力じゃなく、強さに!」
ひび割れた床から次々と、モンスターが浮かび上がる。
そして、千依は小さなあいりにそっと触れる。
瞬間、
「――っ! ……やっぱり。あいり、このゲームは……そう、なんだね。ハンティング・ファンタジアのデータである以上に、気持ちの表現なんだ! だから、アタシはあの時!」
千依の姿が、純白の
驚き
やはり、異変の中では気持ちや想い、メンタリティが大きく作用している。
それは、千依の恨みを悪魔に変え、今また彼女の祈りと願いを
千依は手にした弓に矢を
「宗一っ! あいりがまだなにか……見て!」
あいりは最後に、奥を指差して消えた。
同時に、チン! という音が鳴る。
見れば、開けたホールの向こう側でエレベーターが動いている。その扉が開いたのが見えて、宗一は走り出した。
だが、三人の仲間達はそんな宗一を背に
「千依っ! 華梨さんも、要さんも!」
「いいから行きなさいよ、宗一っ! ……アタシがキューピット、やってやるって言ってるんだから」
「な、なにを」
「行って! 華梨さん、要さん! いいですよね……宗一の
頷く二人と千依とが、絶叫する殺意の中へと飲み込まれていった。
モンスターはどれも高レベルで、ベテランプレイヤーの宗一でも手を焼きそうな面々だ。だが、仲間達は臆することなく戦いへと飛び込んで、宗一を追いかけるモンスターを次々と
「あれに乗れっていうのか、あいり……すみません、俺……俺っ! 行きます!」
宗一は振り返らずに走った。エレベーターへと駆け込んで、ボタンを操作し扉を締める。
細くなってゆく死闘の風景は、そのまま鋼鉄の扉へと遮断されて消えた。
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