第37話 また会う日まで
青年が、玄関を開けると、そこにはサクラさんが立っていた。髪は乱れ、息を切らし、目には涙を湛えている。
「ごめんなさい、こんな時間に…」
サクラさんは、丁寧に青年に謝り、頭を下げる。青年はサクラさんの様子に動揺しているが、なんと声をかけたらいいものか、逡巡している。
「私、あなたにこれから酷いことを言います。怒られても、憎まれても言います。でもしっかり聞いて」
サクラさんは青年の両手をぎゅっと握ったかと思ったらキッと顔をあげ、青年の顔を直視した。青年は思わずドギマギし、直立のまま硬直してしまった。
「生きて!あなたには後悔してほしくない。私は、若くして亡くなった。夢や、やりたいことがあったわけじゃない。でも、今でも思うの。生きていたら、どんな人生を送れただろうかって。苦しみも幸せも、今よりもっと味わえてただろうにと…。どんな体験も、生きてこそのもの。あなたには、生きて、味わってほしい。生き返っても、つらいことはきっとある。でも、幸せなことももっとあるはずだから、あなたの人生まだまだ先があるから。だからお願い!生きて!生きて人生を全うして!」
正直、驚きを隠せない。あのサクラさんが、大和撫子な落ち着いて物静かなあのサクラさんが、なりふり構わず、青年を説得している。生きよと、諭している。あれだけ一緒にいたい。そばにいたいと話をしていたのに。それだけ、サクラさんは青年のことを想っているのだ。自分のことではなく、青年がよりよく在るために、生き直せと懇願している。
青年は、必死のサクラさんを見つめ、静かに頷き返している。
「ずっと、サクラと一緒にいられたらと、思ってた。この村で、一緒に働いて、のんびり過ごしたりしながら生活することが、俺にとってどれだけ幸せなことだったか…。でも、残してきた人達や見守ってくれていた人達の事も考えたら、俺にはまだやるべきことがあることを思い知ったよ」
青年はサクラさんをそっと抱き寄せる。
「サクラ…。俺、生きるよ。それで、またこの村に帰ってくるよ。土産話をたくさん用意してね」
「うん…。急がなくていいからね。人生は長いんだから。たっぷり楽しんできてね」
本音では早く会いたいだろうに。青年を送り出すために、健気なことをおっしゃる。尊い。なんと尊いのかしら、この子達は。
だが、そろそろお別れの時間だ。日の出までそう長くはない。
「2人とも、名残惜しいけど、そろそろ行きましょう。日の出が近い」
2人は静かに頷き、旅立ちの支度を整える。私は外に船を用意し、青年が乗り込む。サクラさんも見送るために、船出を待つ。
夜空は瞬いているが、山並の向こうがうっすらと白く明るくなっている。
「さぁ、行きますよ青年」
船は、ゆっくりと浮き上がり、空へと進んでいく。
「あなたーーーー‼︎」
サクラさんの、あらん限りの呼び声が響く。
「サクラーーーー‼︎」
青年も大きな声で応え、大きく手を振り続ける。サクラさんも、その姿が見えなくなるまで、ずっと手を振り続けていた。
天はさらに明るさを増してきている。青年の体がある病院までは、この船ならすぐに着く。
「いいですか⁈病院に着いたら、あなたの体目掛けて飛び込んでください。そうすれば魂は肉体に戻ります。思った以上に簡単なんで、あとは思い切ってどうぞ!」
「わかりました。上役さん、本当にお世話になりました」
「さぁ、病院に到着です!どうぞ!」
船を病院の壁を通り抜けさせ、船首が青年の体が横たわっているベッドの前にまで着けた。青年の祖父母が、彼の姿を見た。その顔には疲れが滲んでいたが、それを悟られまいと、顔に微笑みを作っている。
「おぅ、来たか!」
「待ってたよ!」
「ごめん、じいちゃん!ばあちゃん!こんな大変な思いをさせて。俺、生きるよ!」
「おぅ!楽しんでこい!」
「元気にやるんだよ!」
青年は、行ってきます、そう大きな声で答え、肉体へと入っていく。その表情には、もはや翳りはなく、生きるという意志に満ちた、精悍で逞しい顔であった。
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