第36話 続、青年の想い
「生きるということは、まことにつらく、時に耐え難くもあります。あなたの顔つきを見ただけでも、随分苦労してきたことは分かりますよ。ですけどね、私はこうも思います。あなたは、もっと幸せを噛み締め、満ち足りた人生を送るべき人だと」
「そう、言ってくれるのはとてもありがたいです。でも、俺みたいに、生き返れるのに、みすみすそのチャンスを手放すかもしれない人間に、生きる資格があるんでしょうか」
「命を失くした者は、たった1日でも、ほんの一瞬でもいいから長く生きたかったと願います。だからといって、あなたに命の大事さを説くことはしません。あなたは命の大事さを理解している。だからこそ、こうして苦悩しているのですから。それに、生きているからこその苦しみも確かに存在する。私は生きることで傷ついたあなたの気持ちを尊重したい。あなたが、選びなさい。どうすれば良いのかではなく、どうしたいか。自分自身に問いなさい」
青年は、唇を噛み締め煩悶している。
「幸せにって、どうすれば…」
「それはあなたが選び、行動し、望む人生を手にすればいい。人生に希望を持ち、人生を積み重ねることでね。なんて、そんなことができたら、誰だって幸せになってますよね」
「そうですよ。それができないから、できないから、苦しいんです」
「なので、私はあなたに提案したいと思います。少しでも生きる希望が持てるように」
青年に、盃を差し出す。どこから出てきたのかなんて、野暮なことは聞いてはいけない。神様パワーの成せる技である。
「あなたがこの村でサクラさんと共に働いてくれるなら、私にとっては願ってもないこと。ですが、生きるということは、ただ、それだけでも魂が磨かれます。よりサクラさんを強力に支える胆力が身につくでしょう。そして、なんと上役からの大サービス!この盃の酒を飲み干せば、あなたの霊感が上がります!」
「霊感…ですか」
「黄泉帰れば、この村で得た記憶は忘却し再びこちらの世界に来るまでは思い出すことはありません。死者があの世の記憶を現世に持ち帰ることは普通はできないのです。稀に生まれつき霊感が高い人がいて、そういう人は臨死体験という形で記憶を持ち帰っちゃうこともありますが、この盃を飲み干せば、ここでの記憶がなくなることはありません」
「ほんとですか?!」
「ただし、全てを覚えていると、記憶に囚われて現実での生活が疎かになりかねないので、そこはあなたの器の成長をみながら、段階的に記憶を取り戻すように一工夫はします。あなたの器の拡がりによって、段階的に記憶を取り戻せるようにします。最後に、私からあなたは激励の言葉を授けます」
「…どんな言葉でしょうか?」
「四の五の言わずに、生きなさい!己を鍛え、逞しくなってサクラさんに再び会うために!あなたが大切に想う全ての人のために!」
「ぷっ…あはははは!さすが上役さんはサバサバしていて気持ちがいいです。そうです…、最初から分かってました。もう、進むしかない。それしか道はないって事を…」
「最初から分かってましたよ。あなた、お尻を蹴飛ばして欲しかったんでしょ?」
「情けない話です。すっかり、上役さんに甘えてしまいました」
恥ずかしそうにぽりぽりと頭を書く青年の顔からは、翳りが消え、元の好青年の表情が見てとれた。
年の功とでも言おうか、伊達に神様を長くやっているわけじゃない私からすれば、彼のように根性がある人間が、楽をしたいがために、命を手放す人間ではないことはすぐわかる。ただ、現実と戦い続け疲弊した彼にとって、この村は今までずっと抑えていた甘え心が出てきたにすぎない。なんとも可愛い話ではありませんか。
「では、青年よ。道は決まりました。そろそろ、行くとしましょうか。病院まで私の船で案内します」
私たちが席を立ち、玄関へと向き直ると、トントンと、ドアをノックする音が響いた。
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