第35話 青年の想い

「上役さんの意見を聞いてみたいです。俺は、生き返るべきでしょうか。それとも、このまま村に留まった方がいいでしょうか」


 青年は俯き、湯呑みを見つめながら、つぶやくように言った。


「普通は俺みたいに死んだら、生き返れるチャンスがあればみんな生き返ると思うんですよ。でも、俺は正直…生き返るのが怖いです。それに、この村で働くようになって、より自分らしくいられてる気もします。それに、ここには、サクラもいる…」


 青年は一口お茶を啜り、一つ、息を吐く。ゆっくりと。


「死んではじめて、俺はほっとしたんです。いつもよく分からない不安に駆られ、ツラいばかりで消耗していく日々から、ようやく解放されて。滑っている時もそうでした。生きていた時は、滑っている時だけは、現実を忘れられた。でも、ここには…この村には、ずっと欲しかったものが全部ある。安心した日々、大切に想える人…俺が欲しかった幸せな全てが…」


 青年の肩が、声が、震えていく。


「でも、病室に来た両親を見たら、苦しくなって…。ずっと自分は孤独なんだと思ってました。でも、そんなことはなかった。祖父母でさえ、死んでからも、俺のことを見てくれていた。その事を知ったら、このまま死んではいけないと思いました。でも、生きることが怖くて仕方ない…」


 嗚咽を漏らす青年を私はじっと見据えたまま、思案する。実は、人脈ならぬ、神脈を駆使し、青年の守護霊や氏神と繋がり、今後の事について相談もしていた私である。仕事ができる神だこと。


 そこで得た情報から考えるに、彼が黄泉帰りを恐れるのにも理解ができた。


 まことに、この世は生きづらい。


 青年が今日に至るまでに、彼は何に思い悩み、苦しみ、傷ついてきたか。そして、その深刻さを。この痛みは、誰かと共有できる物ではなかった。人を憎み、世を恨み、それでも彼は世界を信じ、自分を信じ、不遇な状況から脱しようと努力した。誰よりも努力した。しかし、努力しすぎてもいた。


 彼の苦しみは、彼だけのものだ。誰にも言えない、理解もされない苦しみを抱えて苦しみ抜いた先に辿り着いたこの村で、彼はついに安寧を手に入れた。


 死してようやく手にした安寧をみすみす手放せるほど、彼の人生は幸福なものではなかったのだ。


「率直に言いますと、私はあなたには生きて欲しい。黄泉帰りした先で、生き地獄を味わう人生であっても」


「…厳しいですね。生きるということは、そこまでする価値があるという事でしょうか」


「もちろん」


「そぅ…ですか…」


 なぜ人は、生まれるのか。なぜこの時代に生まれたのか。それは、すべての魂が知っていること。そして、生まれる理由、その目的は、魂の数だけ存在する。


 青年も、例外ではない。彼には彼の生きる目的があるのだ。だが、人の生きる物理世界に魂が受肉し誕生するには、記憶の忘却は避けられない。不滅の魂が、己という存在を忘れる事で、より望む経験をすることができるからだ。


 より高位の導きの大神様にも相談したところ、青年は黄泉帰るのが吉という話であった。詳しくは教えられなかったが、大神様のことだ。青年の未来を見通した上で、生きよと、そう言っている事は私も理解している。


 だが、こんな神々の事情を話したとて、青年にはなんのこっちゃの話だろう。もっと、こう、彼の立場に立って話さなければ。


 

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