第34話 続、サクラの想い

 村を見そなわす。


 この務めは、1人でするものではない。本来であれば、夫婦の神が務めること。男と女、対極の存在が和合することで、あまねく世界に愛と調和を醸し出し、世界を治める。


 今までは、ネコさんが男神おがみの役割を果たしていたが、ネコさんはもともと妻帯者だし、サクラさんにとってはただの親戚の人でしかないから、夫婦和合の神徳など、現れるはずもなかった。ひとえに、姫神村が導きの村として機能していたのは、サクラさんとネコさんの愛溢れる人格ゆえのこと。


 しかし、シルベの神々の間では、ネコさんは奥さんがいる村へと移ってもらい、奥様と和合を果たしてもらいたいと常々話し合われていたが、すると姫神村の男神を誰が務めるかという話になる。


 青年はまさに渡りに船と言わんばかりの適任だった。お互い満更でもないし、言うことないのだから。


 だが、優しいサクラさんにしてみれば、生きるという貴重な経験を彼にしてほしいのだ。


「相分かりました。サクラさん、暫しお待ちを」


 私はそう言い残して、席を立ち、青年の家へと瞬間移動する。そう、瞬間移動。この村、幽界においては本来移動のために体を動かす必要はないのだが、まだ人の性質を色濃く持つ村の住人の方々は生前の様に体を動かして移動するほかない。ところが、霊的な世界に住まう我ら神々にとっては、思うがままに移動することは造作もない。どれだけ離れようと、思い浮かべることさえできれば、移動は可能である。というか、いわゆるあの世では時空の移動など誰もが簡単に出来るのだけれども。


 ともかく、私は青年の家の玄関へと瞬間移動し、ドアをノックする。


 中から、顔を晴らした俯き加減の青年が出てくるが、生気のない顔に驚きの表情が混ざっている。


「あの、どちら様でしょうか?」


「この姿でははじめまして!私、上役でございます!」


「…上役さん、人の姿だと随分神々しいんですね驚きましたよ」


「えぇ、よく言われますよ。ところで、今の調子はどうですか?少しは落ち着きを取り戻したように見えます」


「えぇ、まぁ。立ち話もなんですから、中へお入りください」


「お邪魔しますね」


 青年は随分と落ち着き払っているが、やはり目には焦燥感が漂っている。だけではなく、もうこの青年から溢れ出る気が重たく暗い。


「今、お茶でも入れますよ。ちょっと待ってください」


「あっ、それには及びません。私からあなたに呑んでいただきたいものがあります。あなたも座ってください」


 テーブルに向かい合うように座り、私は手を青年に向けて差し伸ばす。


「こちらをどうぞ。心が落ち着く効能のある特別なお茶です」


 幽界に物理の法則は無意味。私は瞬く間にお茶が入った湯呑みを顕現させ、彼に飲むよう促す。


「ありがとうございます」


 彼は、とても大事そうに湯呑みを両手で持ち上げ、ゆっくりと口をつける。一口飲み、二口飲み、吐息と共に湯呑みをテーブルへと戻した。


「本当に、落ち着きますね。このお茶は」


「えぇ、私のおすすめのお茶です」


 お茶といっても、これは私の神力と祈りを込めたお茶だ。私は導きの神として、彼には落ち着いて自分の道を選んで欲しい。まだ、日付を跨ぐほどではないが、刻限の夜明けまで、時間はない。このわずかな時間で決断するために、青年よ、私に想いを聞かせておくれ。

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