第25話 闇、迫る

 仕事が終わり、とぼとぼと歩きながら家に向かう。いつもなら、サクラにスノーボードを教えたり、それがなければ1人で宙を滑りながら楽しく帰るのだが、今日はどうしても歩いて帰りたくなった。


 考え事するなら、歩きながらがいい。俺は悩んでいた時は、いつも歩くことにしている。じっとしていられない性分もあるのだろうが、不思議と歩くと考えがまとまったり、気持ちもいくらか晴れるからだ。


 だが、今日の悩みの種は深い。それこそ、自分自身の生死についてだ。いまだに、俺はなぜこの世界に留まっているのか、分からない。上役さんは、異例の事態が原因で、俺の魂がこの世界に囚われていると言っていた。それはつまり、原因は俺自身ではなく、外的な要因だと、その時は思っていた。


 ズシン


 背中や肩に、目に見えない重みがのしかかる心地がする。頭に上役さんの言葉が蘇る。


 生き返ることに抵抗がありますか?


 ズシン


 さらに背に感じる重みが増した心地がする。俺は、生き返りたくはないのか?


 生前の生活が脳裏によぎる。


 また、あの生活に逆登り?生き返っても、希望を感じられないあの世界に戻る?


 途端に胸が締め付けられ、言い表せないドス黒い物に胸が包まれていく感覚を覚える。そしてそれは心臓を握って離さない。どんどん蝕まれていく。どんどんどんどん。


「俺は、生き返りたいのか?死にたいのか?」


 ポツリと自身へ問いかける。生きたいのか、死にたいのか。どっちだ。上役さんの言葉が繰り返される。生きることに抵抗があるか、と。


 ズシン


 もう、立っていられなくなりそうだ。重い。心も身体も全てが重く感じる。まるで血肉が金属にでもなったようだ。息が苦しい。呼吸なんてしなくていいはずのこの体が、喘いでいる。汗をかかない体が、冷や汗でびっしょりと濡れている。


 誰か、誰か…助けて……。


 もはや、視界も色褪せ、不快な汗と喘鳴だけが感覚を埋めている。


 誰か…。誰か……‼︎


「どうしたんですか?あなた、死にそうな顔してますよ?」


 振り返ると、そこにはお疲れ様です、と会釈をするサクラがいた。


「…なにかありましたか?」


 サクラはいつものように、いつもの微笑みを俺に注いでくれている。


「…そんなに、死にそうな顔してたかな?とっくに、死んでるはずだけど」


 これが、今俺に言える、最高に気を利かせた一言だ。大丈夫、俺は大丈夫。大丈夫………。


 何が、大丈夫だ?どうして大丈夫なんだ?頭がフルスロットルで動き続けるエンジンのように取り止めもない思考が脳内でぶつかり、砕け、荒れていく。誰か、誰か、誰か…。


 サクラは俺の前に立ち、両手をそっと頬に手を差し伸ばし、触れる。


「もう大丈夫ですよ」


 そのたった一言と、サクラの微笑みに俺の中で何かが決壊した。全身の力が抜け、膝をつきサクラに縋りつき、咽び泣く。サクラはそんな情けない俺の頭を、ずっと撫で続けてくれた。

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