第20話 あの世の日常生活
サクラに初めてスノーボードを教えたあの日以降、俺は黙々と日々の業務に邁進した。とはいっても、毎日村を見渡した後は、サクラの様子次第で、スノーボードを教えるという新たな日課が生まれたぐらいで、大きな変化はないのだが、俺個人としては、サクラとの距離感はだいぶ縮まったのではないか、と思っている。
それは、俺がサクラをさん付けではなく呼び捨てにしていることからも間違いはないはずだ。日々の務めや、スノーボードの指導をする中で、自然とお互いの距離が縮まり、気楽に話せる間柄にいつの間にかなっていた。
スノーボードを教える行為は、ナンパの仕方としては鉄板だ。特に、女の子より滑れるのであれば、なおのこと。だが、俺はスノーボードを教える時は、インストラクターに徹することを心掛けている。
ちょっと想像力を働かせれば分かるが、わざわざ時間も制約され、お金もかかるレッスンを受けに来る時点で、上手くなりたいという想いが伝わってくるものだ。その人の貴重な時間とお金を頂く上に、上手くなりたいという想いにも応えたい。すると、おのずとインストラクターとしての務めに徹するのは自明の理。役得とばかりに、ナンパに興じるなど言語道断‼︎
などと、スノーボード仲間に宣ったところで、真面目なやつと馬鹿にされたものだ。今は懐かしき生前の記憶である。
話は逸れたが、つまりは、俺はこの後に及んでも、サクラに対してスノーボードを教える時は真面目インストラクターとして、下心を振り払い、指導に徹する。
正直に言ってしまえば、俺はサクラのことが気になって仕方がない。多分好きなのだろうが、恋に不慣れな上、ろくに恋の仕方も学んでこなかったものだから、素直な気持ちになれていないし、そんな自分の気持ちも気恥ずかしくて、いたたまれないのが、今の俺の心模様だ。
だからこそ、指導の時は苦悩する。
例え、補助をする時や、転んでしまいそうな時にやむを得ず手取り足取りな感じで体に触れてしまう時も、心を無にし、最低限の接触に止める。我ながら、なんと健気に性欲に抗っているかと、神様にでも仲間に褒め称えてもらいたい気持ちだ。
だが、それが思いの外サクラに好印象を与えたらしい事は、仕事終わりの雑談時に、サクラのいないところで上役さんから聞かされた事だ。
神出鬼没の光る玉、もとい、上役さんは出歯亀でもよろしく、俺とサクラのスノーボードレッスンを覗いていたらしい。おまけにその事を猫さんにまで漏らしているから余計にタチが悪い。この村にはプライベートはないのか。
しかし、上役さんやネコさんからも、サクラとの関係は良好とみているらしく、今のところ、小言を言われたことはない。が、目を光らせていることは間違いない。そんなこともあって、俺は清純たる青春をモットーにサクラと日々接しているわけだ。
死んでから青春を味わうことになるとは、夢にも思わなかったが、遅すぎた青春と嘆くこともないだろう。もう死んでいるのだから、姿形も年齢も思いのままのこの村では、老いも若きも関係ない。ただ、遂に到来した春に感謝し、その温かい風をここぞとばかりに浴びるのみだ。
かくして、俺は今日も今日とて仕事へと駆け参ずる。今日も密かに想いを寄せるサクラに会える喜びを胸に。
青春、万歳‼︎
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