第11話 生前の俺について
生前、俺はまだ大学生だった。大学生とはいえ、年齢は20代の後半に差し掛かろうかという歳だ。というのも、浪人生活も長く、また留年を繰り返してしまったことが理由だ。
情けない話だが、我が家は貧乏な上、お世辞にも教養があるとは言い難い家で、日々の暮らしにも困るような家庭だった。両親は貧しくとも実直で、人間味ある温かな人達だが、それと金を手に入れる力は別物だ。
生活の為、進学の為、俺は必死でアルバイトをこなし、親の負担を減らした。当然、勉強する時間もなければ、それ以上に地頭の悪さを思い知らされた。
せっかく大学に行っても、なかなか単位は取れず、あれよあれよと留年を繰り返し、学費はかさむばかり。おまけに、親元を離れ一人暮らしを始めるが、親からの援助は期待できない。生活にすら困った俺は借金までしてどうにか学費を工面してい生活のために学業が疎かになり、留年を繰り返すとは、本末転倒なのは間違いない。
苦労ばかりの学生生活で、楽しい思い出はない。お金がないばかりに、勉強しながらアルバイトに勤しみ、たまの休日に友達と遊ぶこともままならなかった。必然的に、華の大学生活というのに、恋のひとつもする間もなく、このままくすんだ大学生活を送るのかと思い鬱屈した日々を送っていたが、あるとき転機が訪れた。
大学に入った一年目の冬、割りのいいアルバイトを探していたところに飛び込んできた季節バイトの募集があった。
雪が降る土地柄、俺が通う大学にもスキー場のアルバイトのチラシが来ることはアルバイト先の従業員からも聞かされていたが、青春や華のある生活に飢えていた俺は、何かが変わることを期待し、アルバイトのチラシを握りしめた。
これが、俺とスノーボードとの出会いだ。貧乏なので、当然、高価なスノーボード用品を買うことはできない。わずかな人脈を頼みに、アルバイト先の従業員や大学の友人に頼み込み、お下がりや不用品を見繕ってタダで譲ってもらってどうにか滑る体裁は整え真っ白な雪の世界に繰り出したことは、いい思い出だ。
学業にアルバイトにと忙しく、滑る時間は限られていたが、それでも俺は周りから驚かれるほど上達が早かったらしい。大学生活の中でプロに比肩する実力を身につけることができた。それも、そのはず。滑りに夢中で、恋愛にまで気が回らず、周囲も俺の事を練習に一生懸命な人ということで、男女の出会いにも恵まれることはなかった。なんとも寂しい話だ。
自分でも、スノーボードの才能があるのではと、己の才能に期待し、将来を明るく考えた時期もあったが、世界は甘くなかった。
二十歳も過ぎて、プロに上がれない人間に、スポンサーもつくわけがなく、スノーボードで少しでも収入が手に入るのではと、好きな事をして稼ぐという淡い夢は、すぐに潰れることになった。
そんな俺も、ついに大学を卒業し、社会に出るべく就職活動の最中、俺は学生生活の最後の思い出に、また学生時代の滑走の集大成として、大学から程近い姫神山でバックカントリーに挑んだ。結果的に、そこで俺は雪崩に巻き込まれ死んでしまったわけだが。
正直に言おう。俺は、雪崩に巻き込まれ最期を覚悟した時、死ぬ恐怖ではなく、安堵を感じていた。
連戦連敗の就職活動、華があるどころか色褪せた日々の生活。社会に出るというのに、借金漬けの経済状態。生きる意味を見失っていた俺にとって、唯一のここらの拠り所であったスノーボードの最中に、雄大な自然に抱かれて命を落とすことに、今まで味わったことのない幸福すら感じていた。実は生き返れると言われて素直に喜べなかったのには、こうした理由があったのだ。
のんびりできるかと思いきや、まさかあの世で働くことになろうとは、本当に人生うまくいかないものだと、痛感したが、唯一希望を持てたのは、サクラさんの存在だ。
あまりにも女性と接点がなかった身としては、こうしてうら若い女性と同じ空間にいられるだけでもとてもツイていると感じてしまう。ちなみに下心は無い。と、思われる。たぶん。
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