第8話 光の玉

「素敵な家じゃないですか。ログハウスですね。暖炉付きの」


 ネコさんはしげしげと俺が現実化した家を眺め、そう言った。


「いやー、私も以前憧れたことがありますよ。いいですよね、木の家って」


 ニコニコと話しかけてくれるが、俺はというと、呆気にとられていた。想像した通りに家が現れたのもそうだが、本当にこうして念じたものが現実化するとは夢にも思わなかったからだ。


「満足行く仕上がりのようですね。嬉しそうな顔してます」


 言われてハッとした。確かに、俺はこの家を見上げて静かにテンションが上がっていた。


「早速、家の中に入ってみましょう。さぁ、どうぞ」


 胸が高鳴る。まさか、死んでから理想の家が手に入るとは、とても残念な話ではあるが、それでも思い描いた理想が現実のものとなったのは間違いない。


 ドアノブに手をかけ。一呼吸し、静かにドアを開ける。


 自分でも顔がにやけているのが分かった。


 まるでモデルルームのように完璧に整えられた室内空間には、今まで自分が諦めていた家具や小物が、これまた自分の理想的な模様に置かれていた。本当に、全てが念じた通りになっている。これには興奮するなというほうが無理だ。

 

「サイコーじゃないですか、ネコさん。サイコーですよ」


「気に入ったのならよかった。電気、ガス、水道も、この世界では使いたい放題です。あとはのんびりと過ごしてください。それじゃあ、私はこのへんで失礼します。何かあれば、サクラの家を訪ねてください。それでは」


 ネコさんは挨拶を済ませ、月夜の中を帰っていった。ネコさんにも、こんな感じで理想の家に住んでいるのだろうか。そう思うと、案外、死ぬのも悪くないような気がしてきた。なんとも現金な話だが。


 せっかくなので、コーヒーでも淹れて一息つくか。そう思い立ち、部屋の中を物色してみると、これまた食器も揃っていればコーヒー豆だけでなく、俺の好きな嗜好品なども用意されているじゃないか。


 これは、本当に致せり尽せりだな。ワクワクしながら、ポッドに水を入れ、キッチンで日にかけ、お湯を沸かす。コポコポとお湯が沸騰していく音を聴きながら、理想の生活を味わう。


 こうしてのんびりとコーヒーを入れるだけでも、満足感に包まれる。これほど、幸せな時間を味わったことはないんじゃないかと幸せを噛み締めていたら、ドアをノックする音がした。


「すいませーん。夜分遅くに失礼します。私、この村の上役勤めてる者なんですがー・・・」


 ん?上役?サクラさんやネコさんが言っていた上役さんなのか?


「はーい、今出ます」


 キッチンの火を止め、玄関に向かいドアを開ける。


「良かったー会えて!ごめんなさいね、こんな時間に」


 そう親しげに、話しかけてくる存在は、人の姿をしていなかった。


 光の玉だ。サッカーボールくらいの光の玉がちょうど目線の高さに、ふよふよと浮いている。電球のように煌々と光り、キラキラと輝いているが、不思議と眩しくなく、熱も感じない。

 

「あっ・・・。えっと、上役さん、でいいんですよね?」


「はい、上役です!はじめまして!」


 随分と気さくに話す、光の玉もいたもんだ。なんだか、死んだからというもの、想像の斜め上をいく出来事ばかりに出くわしてるが、まさかこんなことまで起こるとは想像できなかった。今度は光の玉かよ。


「あの、何か御用でしょうか?」


「はい!実はですね、今回の事態を受けて、私、上役が色々と現状把握のために調査をパパッとしたんですが、その結果がまとまりましたので、あなたにお伝えしようかと思いまして。お邪魔してもいいですか?」


 なんとまぁ、仕事の早いことだ。しかし、俺としても中途半端で何もわからない状態で長くいたくはない。


 俺は光の玉を招き入れ、リビングへと案内する。ところで、光の玉には椅子を出せばいいのだろうか?こちらも異例の邂逅に、どう接したらいいか悩んでしまう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る