第4話 ネコさんとサクラさん
村の最奥部にある茅葺き屋根の伝統的な日本家屋。それがサクラの家であった。村の景色は、遠くから見た通り日本人の原風景とも言える景観が広がっていた。
田舎を思わせる伝統的な日本家屋の他にも田園風景や畦道など田舎好きの人間には堪らない雰囲気がここには充満している。
「お疲れ様でした。ここが私の家です。まずは上がってお茶にしましょう」
サクラが家に入ると、これまたいかにもな日本家屋の装いで、古民家好きの俺にとっては自然とワクワクしてしまうような内装だった。
土間があり、囲炉裏があり、家財道具もどれも年季が入ったものばかり。考古資料館の展示をそのまま生活の場にしているような空間だった。
家屋の奥には暖簾がかけられた廊下があり、奥からトコトコと男が現れた。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
出てきた男は落ち着いた渋い声で出迎え、サクラも心良くその声に応え、ただいまと返している。
しかし、俺はどう見ても堅気に見えない風体の男に面食らってしまった。
スキンヘッドで顔に切り傷がいくつもついている男だ。これは、ビビるなと言う方が無理と思える、いかにもそのスジのお方と分かる見かけだ。
どう挨拶したらいいか、思考が脳をものすごい早さで駆け巡る中、全身から冷や汗も溢れ出す。
サクラは俺の方を振り返ると、一瞬きょとんとした顔を見せ、クスッと笑う。
「ひょっとして、あなたも面食らいました?」
「えっ?いやぁ、そのぉ・・・」
「この方は、私の補佐をしてくれている方ですよ。いつも村のために働いてくれていますが、そのスジの方ではありませんから、安心してください」
スキンヘッドの男が深々と頭を垂れている。
あぁ、そうなんですねと、納得いかない強面だが、見た目はともかく堅気ではあるようだな。ひとまずは、安心、できるのか?
「この方は、ネコさん。この顔の傷は生前可愛がっていたネコちゃん達につけられた傷でして、ネコが好きすぎて、ネコさんの愛称がつきました。髪型はアンタッチャブルでお願いします!」
毛髪の有無が気になるご様子。それはいいとして、顔には鋭い切り傷がついていれば、勘違いされても文句言えないだろうに。まさか、ネコの引っかき傷だったとは。
ともかく、おれは屋敷の奥に通される。早速、ネコさんがテキパキと働き、お茶と茶菓子を振る舞ってくれた。
木材や畳の香りがどこか懐かしく漂う屋敷は不思議と心が落ち着き、暖かいお茶で心が緩む。
やはり俺はどこか緊張していたのだろう。お茶を啜りながら改めて今自分がいる状況を振り返る。
本当に死んでいるんだよな、俺は。やはり実感が沸かない。
体の調子がとても良く、心がこれまでに無い程安堵している。これほど心が落ち着いた事は一度でもあったのだろうかと思う程に。
「お茶はいかがですか?ネコさんが淹れてくれるお茶はいつもとてもおいしいんです。ほっとしますよね」
サクラもお茶を啜りながら微笑んでいる。ネコさんは恐縮です、とこれまた静かだがドスのきいている声で答えている。
サクラは湯呑みを置き、コホンと咳払いをし、話し始める。
「では改めて、お悔やみを申し上げます。あなたがこの狭間の村に来たという事は、ご逝去された事に間違いありません。そして成仏できぬほどの強い未練があるために成仏に至らず、ここにこうして魂のみがこの世とあの世の狭間に留まっているのです。道中でお話しした通り、我々村人はあなたのように成仏できなかった魂の介添えをし、成仏に導くことがお役目。よって、われら村人一同、あなたが成仏に至まで尽力させていただきます。どうぞ、よろしくお願い致します。」
サクラとネコさんは深々と頭を垂れる。
まさか自身の死のお悔やみを直接言われるとは思わなかったが、やはり俺は死んでいるのだな。と、頭では理解しておこう。確かに、雪崩に巻き込まれ、息もできず苦しい思いをしたのは間違いなく脳裏に焼き付いているのだ。
「こちらこそ・・・。よろしくお願いします」
俺も頭を下げる。なんにせよ、考えるべきは今何をすべきか、かといって、具体的に何をすればいいかなんて、皆目見当がつかないが。
「しばらくはネコさんがあなたの身の回りのお世話を担当します。何か困った事があったら、気にせず仰って下さいね。ネコさん、あとはお願いね」
「では、早速、お兄さんの家にご案内します。ついてきて下さい」
お兄さんってなんだよ。ともかく、俺はこの世とあの世の狭間で、未練ってやつと向き合わなければならない。とんだ事態に陥ったものだ。
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