加減
「せやっ!」
美命の蹴りが一匹の蟻の胴体に食い込み、周囲に居た仲間を巻き込んで飛び散る。
「えっと、……これぐらい、で、どや!」
燕の小さな指から氷の礫が真っ直ぐに空気を突き抜け、直線上に居た虫を何匹か巻き込んでいく。
決して二人は蹂躙を愉しんでいるわけではない。
この先のことを考えて、最小限、無駄のない力の使い方を今、実践の中で学んでいるのだ。
蟻は二人の練習相手には丁度良い相手であった。
数を減らすと仲間を呼んでくるのだ。
最初の美命の蹴りでは真っ二つどころか、衝撃で色々飛び散っていたが、今はへこます程度の力加減を覚えていた。
燕の放つ魔法はもっと酷かった。
ミミズの時のように竜巻を、と放ったら美命も巻き込みかけながら虫が空で刻まれて、思わず「汚ねぇ花火だな」と真顔で呟いていた程だ。
それが今は貫通までで済んでいる。
大した進歩だと、燕は満足そうだ。
しかし、これは『二人の中』での普通である。
「んふふ、結構制御出来るようになったんじゃね」
「ほやね。これなら素材を売ったりも出来そうやな」
最小限の動きで最大近くまでの働きをもって蟻たち、虫の数が徐々に減り始め、美命にも燕にも余裕が生まれる。
その油断が危ない、と二人も分かっていたはずだ。
だが、それも戦いなどと縁のなかった二人、わかっていてわかっていなかったのだ。
「うぁ、ひょぁあああ!」
「燕!?」
目の前の蟻たちを蹴り飛ばしていた美命の耳に、燕の悲鳴が聞こえ慌てて振り向く。
その目に映ったのは、燕が虫に襲いかかられ、地面を転がされている姿だった。
攻撃といえば攻撃されている、のだろう。
「……おう……」
「おおおおおおお!」
どうやら蟻と共に現れた虫は、フンコロガシだったようだ。
小さな燕とほぼ変わらない大きさのそれが、後ろ脚で燕をコロコロと転がしている。
思っていた攻撃、そしてそれによる状況にならなかったせいで美命の思考が止まった。
「えーっと……」
「目が、目が回るぅぅぅぅぅ!」
どんな状況からそうなったのか美命にはわからないが、燕は前転させられる状態で砂漠の上を転がされ続けていた。
美命の周囲の蟻は美命からじりじりと距離を取っていて余裕のある美命はその真ん中でどうしたものか、と立ち悩む。
その間にも燕は、フンコロガシによってコロコロコロコロと遠ざかっていく。
「……って、見送ってる場合ちゃう!」
漸く我に返った美命が転がりながら遠ざかる燕を追いかけ、フンコロガシを蹴飛ばせば転がっていた燕も止まり、へたりとその場に座り込んで頭をふらふらと揺らす。
美命は燕の横にしゃがみ込み、その小さな背に手を添えた。
「大丈夫?」
「め、めがぁ……」
ふらふらゆらゆらと揺れる燕は地面に手をつき、ぎゅっと目を瞑る。
どうにも出来ない美命はそんな燕を心配そうに見下ろし、背中を擦る。
「……うう、ぅー……」
「生きてる?」
「生きてうぅ」
燕が復活するまで大人しく、と思っていたが、どうやらそうもいかなかったようだ。
フンコロガシが燕ごと移動してきたのは、砂漠側ではなく、木々の生える草地側だった。
その木々の間から、唸り声をあげてこちらを威嚇してくる存在たちが現れる。
「まだ出てくるんかーい」
「うう……ぎぼぢわぅい……」
美命はタイミング悪いな、と眉を顰めるが燕は真っ青な顔で口元を両手で押さえていた。
燕は動かない方が良いな、と判断し、美命は獣たちと見つめ合う。
しかし、その獣の一匹は美命の蹴飛ばしたフンコロガシへと向かい、その亡骸に牙を立てた。
フンコロガシを栄養にするためか、ガフガフとそれを腹へと収め、長い舌で口周りを拭うと美命へと視線を向けてきた。
どうやら向こうは美命たちを獲物と狙い定めたようだ。
それを感じ、美命は立ち上がると獣たちと向き合い、拳を握りしめる。
「うちが相手や、死にたい奴からかかってこい……!」
「ぅ……おろろろろろろろ」
かっこつける美命の横で、燕が早くもこの世界で二回目のキラキラタイムへと突入していた。
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