ワンダフル

第1話「犬捨ての山」

 犬は、主人が迎えに来るのを待っていた。


 「待て」


 その言葉は、まるで呪文のように犬を動けなくしていた。


 もう、どれくらい待っただろうか?


 空が赤く染まるに連れ、不安と寂しさがつのり、主人に声が届くよう、何度も何度もえてみた。


 主人に、何かあったのだろうか?


 やがて喉は枯れ、腹も空いてきた。

 食べ物を探しに行きたいところだが、その間に戻って来たらと考えると、この場を離れることができない。


 いったい、いつまで待てば、いいのだろう……


 陽が沈み、犬の心にも暗い陰を落とし始めていた。

     ・

     ・

     ・

 僕の村で、昔から伝えられている怖い話だ。


「アンタも、犬捨て山に置いてくで!」


 この台詞は、僕の村でイタズラした子を母親が叱る時の定番になっている。

 もちろん『犬捨て山』はアダ名で、本当は『飛燕山ひえんざん』と言う立派な名前があったりするのだが、地元の人間で、その名を呼ぶ人は学校の先生くらいなもんだった。

 実際に、その山で七日間も鳴き続けた犬が居たらしく、いつの間にやら物語が出来たに違いない。どこの地方にも、教訓や道徳として、怖い話があるもんだ。


 とは言うものの、半信半疑はんしんはんぎな僕らは、夏休みになると、決まって『肝試し』を『犬捨て山』でしていた。


広志「今年も行くんか?」

安夫「行くに決まってるやろ、お前……怖いんか?」

広志「ちゃうわ! 去年も行ったから、別に今年行かんでもえぇのんとちゃうか? たまにはさぁ、他の事しようや」

安夫「アホ言え! 今年は去年とは違うぞ! 一人や、一人で行くんや!」

広志「えぇ~」


 思わず、嫌な気持ちが声に出てしまった。


安夫「やっぱりお前、怖いんやろ?」

広志「ちゃうわ!」


 小馬鹿にされたような言い方に、慌てて否定したものの、正直、怖がりの僕は行きたくはなかった。


安夫「じゃぁ、今年も盆踊りの後な」


 去年は、クラスで一番ケンカが強い秋男とペアだったから、平気やったけど……

 今年は、一人かぁ~。

 嫌やなぁ~。


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