第99話 イネちゃんとアクティベート

 マッドスライムの出現の報を受けてイネちゃんたちが商店街の中を走って、首謀者と思われる錬金術師を探しているけれど、よくよく考えてみればイネちゃんたちは建造物に入れないから見逃す可能性が極めて高いことに気づいて、田中さんに連絡を入れる。

「ねぇ、建物にはやっぱり入っちゃダメなの?」

『そこは申し訳ありません……警察の捜査権の分野であって異世界対策庁には捜査権が無いので……』

 うーんこの中途半端感、お役所って感じ。いや実際お役所なんだけれど。

 警察組織の運用権はあるけれど捜査権は無いって辺り、警察使えるんだから別にいいだろって思っちゃったんだろうね、政治家さんは。

『えーこれで送れてるのかな……きこえますかー』

 通信機からヒヒノさんの声が聞こえて来た。

『はい、聞こえています……何かありましたか』

『えっとねー……錬金術師さんもこっちに居たわぁ、皆早くきてー』

 えー……もしかしてマッドスライム出して強気になっちゃったとか?

 あぁもう考えてもわからないしとにかく向かおう、割と商店街の端っこの区域限界のフェンス前まできちゃったけど。

 まだ双方の文化交流は始まってそんなに長く無いから、テストケースとしてゲートが開いた地域の周辺の小さい町くらいになる範囲を隔離する形で整備したらしいから、こっちの世界でも検問所が町を囲う形であるんだよね、住人や運送関係者とかはIDカード認証でフリーパス……というかETCみたいに通れるけど。

 ともかくイネちゃんは間違いなく到着までに時間がかかるんだけれど、ムーンラビットさんや最初に向かってただろう警察官さんが応戦してくれてるかも……と考えるのは流石に甘いかな、あの手の生命体を初見で対応しきるのって存外難しいからなぁ。

『んー空を飛んでいいんなら直ぐ行けるけど……ええんか?』

『非常時ですのでお願いします、イネさんのほうは……』

 と、ムーンラビットさんと田中さんの会話の流れでイネちゃんの位置を確認。

「フェンスのところまできちゃってるから、少し時間がかかるかも」

『ならイネさんのいる方向に誘導しつつ対応しますか?』

 ココロさんがとんでもないことを口走りましたよ。

『ダメです、フェンスの外は避難勧告は出してありますが、避難していない方のほうが多いと思われますので……被害拡大を防ぐために商店街中心部にて貼り付けにしてください』

 と、田中さんが当然反対する。というか避難勧告出てたんだ……じゃあフェンス内は避難指示だったりするのかな。

『そうですか……ヒヒノ、もう少し頑張ってください。防衛専念なら大丈夫だとは思いますが』

 そういえばヒヒノさんって細かい魔法の操作ができない……というか苦手だったんだっけ、それが必要になるときはココロさんに頼るスタイルだったよね、ミルノちゃんを助けたときみたいに。

『とにかく御二方は中心部に最速で向かってください』

 割と切羽つまった口調の田中さんの指示に、イネちゃんとムーンラビットさんが了解とだけ返して走り始める。

 1番最後に到着しそうなイネちゃんとしては、やることがあるのだろうかとか、あったとして何をすることになるのかって心配が頭をよぎるけれど、とにかく走る。

『ん、すまんちょいと気になるのを見つけたんでそっちを優先する。もしかしたらいろいろな状況をひっくり返せるかもしれんし……2人は平気よな?』

 と唐突にムーンラビットさんの声が通信機から響く。

『ちょっと、どうしたのですか。私たちは大丈夫ですが……援護をしてくださっている人と避難が遅れた民間人を庇いながらでは少々厳しいですよ』

 いつになく弱気なココロさんの言葉に、現場がかなり逼迫しているのがわかる。

 拘束していなくても逃げ遅れた民間人とかを庇いながらだったから、ココロさんもヒヒノさんも本領を発揮できない環境が整えられちゃっていたのか。

『イネさんは今どのあたりですか』

「えっと、もう少しかかると思うけど……全力疾走のほうがいいかな」

『いえ、到着と同時に力尽きてしまっては意味がありません。戦えるだけの体力と気力を保持できる速度でお願いします』

 田中さんの問いにイネちゃんが返すと、ココロさんが苦戦しているっぽい報告とは裏腹に余裕そうな声色で通信してくる。

『あちらもイネさんが到着してしまったら数的な意味での不利が強まります。そうなる前に何かしら動くでしょうし……速度よりも対応力のほうが現場的には欲しいところです』

『ヒヒノさんや援護の常駐員は対応できていないのですか』

『私はココロおねぇちゃんの後ろについて、基本的に魔法禁止だから飛んできた溶解液を蒸発させるくらいしかできないんだよー、他の人たちも避けるのに必死だし……というよりも攻撃があまり通らないから皆困ってるって感……じ!』

 ヒヒノさんの慌てたような口調の最後に少しタメが入って、何かの破砕音が通信機から大音量で流れてきた。

 どうやら無理せず最速最短で向かわないといけない状況っぽい。

 ムーンラビットさんも何を見つけたのか、報告してくれればいいのに……こっちより優先すべき状況ってあまり無いと思うんだけど、既に通信機の電源を切ってるみたいで今の会話でもムーンラビットさんの反応は無い。

「あぁもう!考えても状況が変わるわけじゃないしもういいや!」

 あまりに情報がなさすぎてイネちゃんは匙を投げる。

 もうこんな状態だと出たとこ勝負の行き当たりばったりしかないよ!

 ……普段のイネちゃんはちゃんと考えるからね、ちゃんと判断できるだけの情報の有無次第なんだからね。

 幸いこの商店街は碁盤目のように整備されているので、中心部であるちょっとした広場に向かって走る分には比較的楽ではある。

 あるのだけれど双方の世界の最大交流拠点として、ヌーリエ教会の条件を飲んだ国のお店とかもあるのでかなり広い……というか交流センターという名前の領事館のようなものまで存在してる。駐在している人は要職の大臣さんとかじゃなくって選挙とかで変わらない役人さんばかりらしいけれど。

 そしてその中心部の広場が目視できる大通りに出たイネちゃんは、今までなんでその姿を確認できなかったのか不思議になるものを目撃することになる。

「おねぇちゃん!イネちゃんもうすぐ!」

 ヒヒノさんの声は聞こえるけど、広場まではまだいくつか区画を抜けないといけない。それにも関わらず今までココロさんがいなしていたマッドスライムはかなり大きく見える。

 実際、広場周辺は3・4階建ての建物が多いのだけれど、このマッドスライムはそれよりも少し背の高いくらいの大きさで広場を完全に占拠しているみたい。

 っていうかあんなでかいマッドスライムだとイネちゃんの今の手持ちじゃどうしようもないよ!XM109とかの過剰火力でならいけそうだけれども、こっちの世界の、しかも街中で撃っていいものじゃないし、さっきの通信機の会話からしてもまだ逃げ遅れた民間人がいるらしいからどの道使えない。

「よし、イネさん!」

 と広場に向かって走るイネちゃんにココロさんが呼びかけて来る。

「マッドスライム前にいる錬金術師の動きを少しの間止めてください!その少しの時間があれば後は私とヒヒノがなんとかいたします!」

 なんとかって何!?

 ともあれイネちゃんではどうにかできなさそうなのは確かなのでここはココロさんの言葉に従うことにする。

 右太もものホルスターからテーザー銃を取り出し、左太ももからファイブセブンさんを取り出す。

「動きを止めるだけしか、本当にできないからね!」

 P90でもいいかもと銃を抜いた直後に思ったけれど、重要参考人を蜂の巣にしちゃう可能性が高いし、とっさに抜いた銃の選択は正しかったとも言える……射程的にちょっときついけど。

 しかしまぁおっきいマッドスライムからは溶解液が降ってくるから、その足元にいる錬金術師にまずはファイブセブンさんの、次にテーザー銃の射程に持ち込まないといけないのにうまく近寄れない。

「ヴォ……ヴォ……」

 それでも少し錬金術師に近づくと、あの時と同じ声ではあるものの、言語とは言いにくいような呻き声が聞こえてくる。

 溶解液を避けながら錬金術師を目標地点として集中して視線を向けると口元がそれっぽい感じに動いているのが確認できるから、多分錬金術師からその音が出ているのだろうけれども……。

「ヴォォォォォ」

 一際長めの呻きに合わせてイネちゃんの進行方向の空間が歪むのが確認できる。 明らかに魔法だとは思うのだけれど、あの言語になっていない呻きが魔法なのかって驚いちゃったために少し反応が遅れ……。

『ちょっと主導権もらうよ!』

 イーアの叫びが頭に響くと同時に前進しようと踏み込んだ足の動きが、イネちゃんの思考とは別に横に飛ぶ形の動きに変わって正面の爆発を避ける形になる。

『イネ!主導権を返す!撃って!』

 イーアの声に反応する形でファイブセブンさんの引き金を引く。

 セーフティーはホルスターから抜いた時に流れで外してあるので問題なく弾は発射されるのだけれど、狙いをつけたわけではないので狙いはそれたものの、錬金術師のすぐ横を弾が掠めてくれたので集中が途切れたらしく、先ほどの魔法の爆発もイネちゃんが想像したよりもはるかに弱いものになった。

 それを確認してか、ココロさんが叫ぶ。

「ヒヒノ!お願いします!」

「わかってるよココロおねぇちゃん!」

 イネちゃんからは確認できないけれど、2人が大きな声を上げて……。

「心を一つに!アクティベート!」

 ココロさんの叫びが聞こえて、後ろのほうが凄く明るくなる。

 その明るさに釣られる形で振り向くと、ヒヒノさんから炎の翼が生えていた。

「ヒヒノ、アクセスッ!」

 ココロさんが叫ぶと眩い光が広がって思わず目を瞑る。

 溶解液が危ないとは思うのだけれど、その光が広がると同時に溶解液の降っている音、地面を叩く音がしなくなっていた。

「私とヒヒノは2人で1人、本当の勇者の力をお見せ致しましょう」

 眩んだ目が治りそうなところで、ココロさんのそんな言葉が聞こえて……目を開けると漆黒の変身ヒーローのような格好をした人と、地面にペタンと座ったヒヒノさんが目に飛び込んできた。

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