第96話 イネちゃんと黒服さんと錬金術師
「ちょーっと襟首から手を話してもらってええかね、モヒカン坊が目のやり場に困っちゃうんよー、下着なんざつけてないかんなー」
「いい加減こっちの世界で活動するときくらいは穿いてください!ってそうじゃなくて魔法を使える客人ってなんですか!」
ココロさんが詰め寄る形でムーンラビットさんを持ち上げると、うん確かにムーンラビットさん履いてない。ってそうじゃなくって、こっちの世界で魔法を使える人間っていないはずだよね、それ重要情報なんじゃないの。
「まぁココロさん、一旦ムーンラビットさんを下ろしておろして……ムーンラビットさんもそう発言した根拠はあるんでしょう?」
「おうイネ嬢ちゃんはやっぱ素直やねぇ、まぁ種もなにも連れ去られる時の連中から胡散臭い変な手品師が云々とか考えてたかんな、魔力感知で私とイネ嬢ちゃんを優先して連れされたんじゃないかと思ったんよ」
「……イネちゃん魔法使えないよ?」
「むしろそれが要因で身体能力が高いかんな、うちの娘とおんなじ感じよー」
ササヤさんと一緒ってイネちゃんそんな凄くないんですが……魔力を無意識に身体強化に使っているっていう点が一緒ってことなんだろうけれど。
「なるほど、それで魔法反応を探知するものをこちらの技術で再現してと言ったところでしょうか」
「そういうわけでもないけど、概ねそんな感じやな。ともあれ何かしら魔力を探知したのは確かと思うんよ。連れ去った連中全員がそんな感じの思考しとったし、視察中に連れ去ったのが私とイネ嬢ちゃんだけだったわけやからな」
「ティラーさんは?あっちの世界の人間だから魔力あるよね」
「筋骨隆々のモヒカンを連れ去るのと、150cm無い女の子を2人連れ去るの、どっちが楽だと思うん?」
……凄く納得してしまった。
ムーンラビットさんの本性知らなかったら当然そうするよね、イネちゃんでもやらなきゃいけなくなったらそっち選択するだろうし。
「ともあれそれだけ準備して、あれだけの手際でやれたことにはそれだけの理由があるってことよ。こっちの基準なら私とイネ嬢ちゃんより、モヒカン坊が使節だと思うだろうかんな」
「もしくはティラーさんが護衛って認識になるだろうけれど、田中さんが使節って考えるしかなくなるし……消去法でって可能性はあると思うけど、それでも難しいかな」
人間の認識的に自己の常識から大きく外れる存在は無意識で否定するとかどこかで聞いたことがある気もするけれど、なんだかんだで黒服さんたちもプロだろうからその辺どうなるんだろうねぇ。
「ま、今後の方針は立てやすくなったな。少なくともマッドスライムを作った錬金術師はこっちに居る可能性が高いし、人道支援って形で戦闘地域じゃなきゃ頼めるってことはわかったわけで……少なくとも傭兵・冒険者登録者に連絡はしてくれるって約束の取り付けはしといたから、後は適当に視察してあっちに戻るんよ。ココロとヒヒノはまぁ、自己判断に任せる。勇者として神託受けた以上ヌーリエ様に恥ずかしくない行動を心がけるのだけは忘れないよーにな」
「それは、はい。ですがこちらの調査機関は優秀ですし、私とヒヒノは神託で授かった能力を考えても不適切ではありますので、オーサが落城し、ヴェルニアにまで反乱軍が迫っているとなれば役割を他の方と交代するべきでしょうね」
「勇者の代わりってことでかなり恐縮するのが多いけどな、まぁそこの選出は私がやることになるだろうし……面倒やなぁ」
「ムーンラビットさん凄く素直だよね、ちょっと考えるだけでも面倒なのはわかるけれど、ここは任せとけとかする場面なんじゃないのかな」
「いや面倒は面倒やしな。しかしこっちの世界で調査を続けるのに適した人材……教会に限定しなきゃ一番向いてるのはイネ嬢ちゃんなんよ、ええん?」
「なるほど面倒だ」
今のやり取りでヒヒノさんが笑う。他の人は全員呆れる感じだったけど。
「到着しました、流石に本日これ以上の視察は控えたほうが良いと思ったので……ご自宅でよろしかったでしょうか」
田中さんの言葉に皆が会話を止めて外を見ると、コーイチお父さんのパン屋の前に横付けされていた。
「いや、視察は継続よー。むしろ当日にやらかすだけの度胸はないと思うんよ、それに今はこの子らもいるかんねぇ」
「あ、私その視察のお手伝いしたい!」
ムーンラビットさんが視察継続を申し出たところにヒヒノさんが乗っかったのを聴いて、田中さんは頭を抱えて。
「当局は今回の件で対応をしなければなりませんので、防げなかった時よりも警備が減りますが、それでもですか」
「それこそやろ、増員されたところであの手際は防ぐの難しいんでないかい。民間人の生活を完全に止めるのならできなくはないだろうが、それはやる気はないやろ」
「それが必要であるのならばやりますが」
「うん、それじゃあそれをやられると視察の意味が無いのもわかってるよな」
そこで沈黙。
田中さんが深い溜息を1つ漏らしてから、折れて。
「分かりました、お付き合いします」
「ん、じゃああの商店街にお願いなー」
ムーンラビットさんの言葉を聞くとほぼ同時に車が走り始めた。
「……この車両だと皆驚くんじゃないかな」
「まぁそれはそれで。こういう乗り物も私らからすりゃ珍しい特殊なものやからな」
「いやまぁ警察車両だからイネちゃんたちにとっても特殊なんだけれどね、基本構造って点なら身近ではあるけれど」
「うん、動力自体は構造と理論を理解できるんやけどな、正直これを私らの世界で再現しようかってなればできると思うんよ、まぁする気は無いけどな」
「どして、便利そうじゃん」
ヒヒノさんが会話に混ざってくる。
イネちゃんはこっちの世界で暮らしていたから、なんとなくムーンラビットさんの言いたいことの予想がつく。大気汚染とかそういうところを気にしてるのかなーって。
「これ作るのにどれくらいの鉄鋼や化石燃料、それに人手が必要だと思うん。それにちゃんと燃料の精製や燃焼ガスの処理せんと空気が不味くなるし、農作物にも被害がでるんよ。正直口が裂けてもヌーリエ教会に所属している奴が推進しちゃあかんものよ。まぁこっちでも試作途中らしいが、完全電力駆動の空中も移動できる奴なら満面の笑みで推進してもええけどな」
流石に最新技術の上不安定で、まだ発売に至らないとか聞いたことあるけど、あれならいいのか……。
「ふーん、便利はいいけどやっぱ何かしらあるんだねぇ。こっちの世界で動いてたときに基本的に便利には制約が多くってねぇちょっと大変だったんだよ」
「ヒヒノは直感に頼りすぎなだけですけどね、まぁそれでも色々と苦労があったのは確かですが」
「ココロさんたちってこっちで活動を始めてからイネちゃんたちと合流するまでの間に何かやったの?」
今の2人の台詞的には何かしら使おうとして苦戦したってところだと思うんだけれど、凄く気になる。
「あぁ自販機というものにですね。特に公共交通機関に乗るのも苦労しましたし……幸いわたしは武器自体に頼らない戦い方をしますし、基本は棒ですので問題にはならなかったのですが、購入するにしても目的地の反対に向かう券を買ってしまったり、飲み物もヒヒノが同時に押して飲めないシュワシュワで騒いでしまったりと……」
シュワシュワは炭酸かな、イネちゃんもあれ苦手なんだよねぇ。
「電車の乗車券なら金額で乗車駅からの距離換算だった気がするから、そこはまぁ問題なかったんじゃないかな」
「いやまぁそうだったのですけどね、乗り込もうとしたときにムーンラビット様の声が聞こえまして……ある意味では丁度良いタイミングではありましたし」
「雑談はええけど視察した後の人材、教会から派遣するので私は凄く悩むんよー……実際特に問題が無いのならリリア辺りが適任やしなぁ、リリアにしたらササヤにしばらくネチネチされそうでちょっと悩むところよー……」
「着きましたよ……すっごい注目されてていつもより緊張いたしましたが」
田中さんの言葉に雑談を止めて皆車を降りると、商店街の人たちが人垣を作るように集まってこっちを見ていた。
「はっはっは、視察中お騒がせしちゃったねーただいまなんよー」
とムーンラビットさんが両手を広げて前に出ると。
「イネちゃん大丈夫だった?」
「もう俺たち心配で!」
「あ、うん大丈夫だけど……」
まぁ10年住んでた地域の商店街だもんね、うん。
特にコーイチお父さんのパンとボブお父さんの雑貨屋さんって商店街に配達もしたりするから皆顔見知りって感じ。
と商店街の人たちに囲まれるイネちゃんは気づいてしまったのです、人垣の中に見覚えがあるけれど商店街の人じゃぁ無い顔があることを……。
その人はイネちゃんと目があったことで慌てて人垣に紛れて逃げ出すと、イネちゃんもそれに反応して……。
「と、どうしたイネちゃん」
「そうよ、誘拐騒ぎでいろいろ疲れてるだろうから、ほらコロッケでも食べて」
と商店街の人たちに捕まって身動きがとれなくなった。
「いや本当どうしたのイネちゃん」
とヒヒノさんが商店街の人たちにもみくちゃにされていたイネちゃんを引きずり出してくれると同時に聞いてきた。
「いたんだよ、錬金術師のあの人!」
「ん、イネちゃん突然何を言って……」
商店街の人たちが困惑の表情をしたところでムーンラビットさんが。
「いやぁあっちの世界の顔見知りがいた気がしただけっぽいよー。なんでそろそろ私に視察させてもらってええかなー?」
そう言って皆をこの場から解散させた。
そしてイネちゃんたちだけになったところで……。
「で、確実なんか。魔力探知に引っかからなかったんやけど」
「うん、あの目はちょっと忘れられないかな」
「となるとまずいなぁ」
ムーンラビットさんは珍しい真剣な表情になって。
「こっちの世界でも魔法は使える。その上でマッドスライムの素材は生きてる生命体ってことよ。後は言わんでもわかるよな、田中さんや」
そう言われた田中さんは青ざめた顔をして、慌てて本部へと連絡を入れた。
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