第91話 イネちゃんと陰謀
「というわけで調査に出た連中から、お前のところに要人がいるんだから伝えてくれとメッセンジャーにされたわけだ」
少し愚痴っぽい口調でビールを飲みながらムツキお父さんが説明してくれた。
ムーンラビットさんの含み笑いで皆が予想したとおり、爆破された部屋どころかビルのインフラ全部調べたけど、爆弾の痕跡とか電気系統の細工なんかは一切存在しなかったし、ムーンラビットさん以外の人が居た様子も確認できなかったらしい。
「ま、爆発時点で魔力を感じたかんな。問題はどうやって魔法使いがこっちの世界に渡航したかってことよねぇ」
「そこは流石に明日になるかと。少なくとも日本とヌーリエ教会が管理しているゲートの渡航履歴を調べないといけないから時間はかかるさ」
「それはこっちのが足引っ張りそうやねぇ、個人名と人数、それに日付は記録してても時間までは教会じゃ記録してないかんな。流石にそういう魔法は現状存在せんし、そっちの技術を使うにしても使いこなせるのを教育中の場所が少なくないかんな」
「それは仕方ないでしょう、むしろ教会のフットワークに驚いている連中のほうが多いくらいだから本当仕方ないとしか」
しかしまぁ、イネちゃんが昔着ていたワンピースが似合うなぁムーンラビットさん。
あれ、イネちゃんがこっちの世界に来た時にジェシカお母さんが買ってくれたんだよね、イネちゃんはもう着れないけれど白いワンピースというカテゴリーでイネちゃんはお気に入りなんだよね、シンプルなのなら型紙無しでも作れるし。
「それで今後どうなるの、イネが直ぐあっちに行っちゃうとか気になるんだけれど」
ステフお姉ちゃん……いきなり何を言い出しているのですか。
「いや、もうちょいこっちに居る予定よ。事件が発生しちゃった以上最低でも連携の話し合いは済ませておかないとあかんからねー。それにちょいと気になることもあるからそれの確認もしておきたいんよー」
「気になること?」
「確証が得られない状態だと混乱の元になりそうなものやから、今は私がそれを確認できるまではあまり帰るつもりがないことだけ認識しておいてくれればええんよ」
「それはそれでヴェルニアが心配になる……」
「ササヤがいればなんとかなるなる。最悪タタラも出張れば大抵の事態には対応できるやろうから、少なく見積もって半月はこっちに居てもヴェルニアが落ちるなんてことはないと思うんよ、教会のほうに転送陣も貼り終えておいたしなー」
そう言われると本当なんとかなりそうな気がしてきた。
というか名前だけで安心できてしまうササヤさんがムーンラビットさんに便利に使われているだけな気もするけど……実際リリアとオオル君のことがあるから、ひどいことにはならないのが想像できるのも手伝ってすんなり納得できてしまう。
「ま、想定外の出来事があったら直ぐ対応できるようにここを拠点にしているわけだから、安心するんよ。ここのゲートが最寄りやし、ギルドと一番連携が取れてるゲートだから情報のほうも結構迅速に送られてくるんよ」
「じゃあ最新のヴェルニア情報って何かあるの?」
「私たちが出てから1度マッドスライムの襲撃があって、尚且つスパイっぽいのを捕らえたとか。後晩ご飯はリリアのお粥ってのもいるかい」
しまった、確認手段がないから合ってるのかわからない。
「ほれ書類。ギルドを通しているからサインでちゃんと証明になるやろ」
ムーンラビットさんはそう言って何もない空間に手を突っ込んで、羊皮紙を1枚取り出してみんなに見えるように広げた。
確かにケイティお姉さんのサインとギルドの公的書類に使われる押印がされている。内容のほうもさっきの説明と比べてみたら細かく記載されているけれど……。
「被害規模とかそういった内容が無いんだけど、これって簡易報告書とかじゃないの?」
普通、こういう書類なら書くよね?
「あぁ丁度ササヤがヴェルニアの教会にいたらしくてねぇ。マッドスライムを素手で、溶解液にやられるよりも早く吹き飛ばしてしゅーりょーって奴なんよ。マッドスライムじゃなきゃヨシュア坊ちゃんやシード侯の指揮能力で何とでもなるしな」
ん、冒険者さんとか兵隊さんじゃなくヨシュアさんを名指し?
もしかしてムーンラビットさん、ヨシュアさんのいろんなこと気づいてたりするのかな。
「問題になるのは相手さんが本腰入れて全軍導入とかしてきた場合やな、命を奪うのを躊躇わなければササヤ1人でなんとでもなるが、ヌーリエ教じゃできる限り無意味な命の排除は避けるようにってしてるから体面的にも守らないといけないしねぇ」
「その言い方だと別に守らなくてもいいって聞こえるんですが……」
「降りかかる火の粉に対して消火できないような教義はしてないんよ、相手がこちら側の命を奪う気満々なら自衛は当然、規模次第では報復も認めてるんよ。ま、歴史的に食料供給取りやめ以上のことしたのは魔貴大戦を含めて数える程度しかないけどな。ただなんだ、ササヤの場合は顔の前を飛んでる虫を追い払おうと手を振るだけで加減を間違えるとひどいことになるから、大軍で来られたら相手さんの被害が尋常じゃなくなるんで流石に殺し過ぎだって叩かれる可能性がな」
強すぎる故の制約って感じかな。
まぁこっちの世界でもひったくり相手に戦車だの戦闘機だのを出さないっていうのと似たようなものかも、強さで言えば核兵器とかそのランクな気がするけど。
「いやまぁ間違いなく一方的に蹂躙するだけだろうからな、あの人なら……」
ボブお父さんが本当トラウマなんだろうなって感じの表情と口調……そんなにササヤさん米軍海兵による制圧射撃全避けが凄まじかったんだろうねぇ、映像ありそうなもんだけれど、そのへんどうなんだろう。
「実際ココロとヒヒノならその辺すっとばして蹂躙できるんやけどな、神託を直接受けたっていうのはそれだけ重要視されるんで、勇者が対応に乗り出したってことは大陸じゃ世界の敵と認定されたと言われてもおかしく無いんよ」
「ってそうなると反乱軍ってもう世界の敵なんじゃ?」
「そらそうよ、ヌーリエ教会が少数だろうが部隊を準備して動くって言うのに王族もなんにも言ってこなかったのはそういう意味。ただの貴族同士のドンパチで同じことやったら協定違反だーとか言ってくるかんな。ま、今回は既存の重要貴族に対してまず喧嘩を売って、尚且つ教会管轄の村から略奪しているっていう。実のところ連中の王族側の呼称はゴブリンやからな、そこまであいつら後が無くなってるんよ」
あーあっちの世界でゴブリン扱いって、こっちで言う『捕虜はいらん』を超える何かだしなぁ。
「ま、だから倒しやすい貴族を相手にして領土奪って迂闊に手を出せないようにしたいと考えてるんじゃないかね、ついでにこっちの世界とのゲート……特にこの国以外で教会も把握していないものがあるのなら連中にとっては起死回生、乾坤一擲の手を入手できるかもしれないわけで、地盤を固めたがっているのは確実なんよ。反乱軍には貴族至上主義……というか人種至上主義か、そういうのが集まってるから元々貴族でっていうのがいるし、上のほうは比較的賢いんよなぁ」
「じゃあなんで教会と結びつきが近くなったヴェルニアを襲撃してるの、シードさんがいるっていうのはわかるんだけどそれだけで教会を敵に回すのは流石にリスクの方が高いとイネちゃん思うんだけれど」
「オーサ侯が魔貴大戦の時の陣頭指揮を取った家系だからよ、正直先代だったら反乱軍側やったろうしな」
「つまり旗頭となる人が欲しいってこと?」
「そゆこと、本当なら傀儡として操れればいいくらいやったんだろうけれど、思いのほか優秀過ぎたってことやね」
んーなんだか政治周りがガッツリ絡んでて、イネちゃんには状況が重すぎるなぁ。
元々そういうのはご遠慮願いたいかなって思ってたから、イネちゃんはガッツリ巻き込まれちゃったってところだねぇ、まぁキャリーさんやリリアのこともあるし途中で投げ出したりするつもりは一切無いけど。
「ともあれ反乱軍の蜂起以前に、反乱に関わっている貴族がこっちに来ていた確認も取れたし、何かしらこっちの勢力が関わっているとは思うんよ。正直なとこ、私やササヤ、ココロとヒヒノに関してはこっちの武器が大量に持ち込まれても問題にはならんが、教会に協力姿勢を見せている王侯貴族は軒並みまずいことになるやろうね」
「そりゃ、急激なパワーバランスの変化を防ぐために滅却事変直後の話し合いで、異世界と対等のやり取りをしない連中は軒並み排除されたわけだしな。こっちの大国連中は全ての国がそっちの世界を欲しがっている以上、ありえない話ではないわな」
ムツキお父さんと一緒にビールのプルトップを開けながらボブお父さんが混ざってくる。
「俺とルースはもう帰化したが、俺たちが生まれた国も喉から手が出るほど欲しがっているのは確実だしな、日本を通じて他の大国と比べりゃまだ恩恵を受けれるからこそ、余計に欲が出るって感じだろ」
「そりゃ当然だよね、あっちの世界って手付かずの資源に汚染の無い空と水。しかも現地民はそれらをあまり必要としない社会を築いていて利益衝突する可能性は考えうる限り少なくできるんだし」
あっちの世界で発電をする場合、風力が基本なんだよね、それでもできるだけ電磁波とかの影響がいろんな種族、動物さんに出ないようにヌーリエ教会立ち会いの元で調査した上で建造してるから、本当その辺は厳しいらしいからなぁ。
「とりあえず、私の予想が外れてくれればええんやけど、当たっていた場合ちょっと本腰入れて対応しないといけないから、イネ嬢ちゃんとモヒカン君はしっかり休養して備えておいてなー」
ムーンラビットさんのその言葉に、イネちゃんは一瞬思考が停止した。
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