第79話 イネちゃんと錬金術師再び

「教会の連絡網以外に、私独自のルートでも調べさせるんよ。それとオーサ領の、オーサ領貴族が誘拐された事案だからシード様にも協力を要請しておくんよ」

 翌日、イネちゃんは絶対安静を解かれたので食堂でこのお話を聞いた。

 ムーンラビットさんの言葉である以上しっかり履行されるだろうけれど、この手の事件って時間が経てば経つほどまずいことになるから、情報集めと並行して捜索の手は増やしながら動くべきである。

「だけどね、皆がじっとしてられない子達なのもわかってるからそんな目でじっと見つめないで欲しいんよ?ちゃんと考えてるから、ね?」

「それは、具体的なものなのですか」

 ムーンラビットさんが少し引く感じになったところで、キャリーさんがはっきりとした強い語気で問いただす。

「流石に情報が少なすぎて具体案には無いんよ、現状マッドスライムを囮に使った転移誘拐としかわかってないかんね。その時点で今一番犯人として有力な人間は、以前この街に居た錬金術師。本当これだけやからねぇ」

 ちなみにそのマッドスライムはミルノちゃんとウルシィさんが誘拐されたと同時に溶けたらしい。

 今までのマッドスライムの動きからするとかなり特殊なため、ムーンラビットさんの見解では何かしら要求のための略取誘拐なんじゃないかと思っているってさっき言ってた。

 逆に言えば相手から連絡がある可能性が高いとも思っているわけで、少し捜索の手が緩くなっているんじゃないかともキャリーさんは思っているようで……。

「だからと言って捜索の手を緩める理由はありません」

「はっはっは、私が待つだけのうさちゃんと思ってないかい?」

 キャリーさんが不満を口にしたとほぼ同時にムーンラビットさんが抑揚が小さい笑い方をして続ける。

「むしろ現状なんの要求も無いということは、相手がして欲しくないだろうと思いつく限りの手を打ちまくれるってことなんよ。なんでぷぅに頼んで関係のない各所にすら連絡ぶち込んで当該時間に転送陣系の魔力を感じなかったか調査させてるんよ」

 この人に情報戦を仕掛けてはいけない、イネちゃん覚えた。

 いや、正直時間との勝負って感じに超が付くレベルの電撃戦仕掛けた感じ。

 本当に何かしらの要求を求める誘拐だった場合でも、連絡があってからあれこれしてはいけないとかするなって言われるのは確実だからね、ムーンラビットさんは全力で先手を打ってみたって感じ。

「ですが、それはそれで犯人を刺激してしまうのでは……」

 とこれはキャリーさん、強い語気で緩める理由はないと言った直後に弱腰になってしまった。

「私は誘拐事件がありましたって周知することと、転送系魔力の聴取を行っているだけなんよ。この2つは一応教会の通常業務だから安心するんよ」

 あっちの世界でいうところの警察業務だねぇ、警察活動もしているとなれば確かに通常業務範疇ってことにはなるけれど、誘拐犯にしてみれば警察活動自体をやめろって言ってきそうな気もしなくはない。

「それに誘拐してすぐに連絡してこないほうの落ち度になるからね、この辺は大丈夫なんよ」

「その根拠は?」

「私が元魔王軍だってことよ。当時貴族が亜人種を誘拐しては土地の明け渡し要求してきてたから、慣れっこってことやね。ただ今回の犯人がそれを踏襲するのかは不明だから、連絡を入れてくるまでの時間が勝負ってことよー」

 貴族さんなら、このやり方で問題ない。違ったとしてもそれはそれで対応の選択肢を増やすことができるということなのかな。

 相手は誘拐までの間にかなりの準備をしているだろうからこそ、今のこの時間はこちらの準備期間と捉えていると思ったほうがいいかな、時限式で身内がさらわれたキャリーさんは気が気でないのはよくわかるけれど、ムーンラビットさんのやり方は少なくともこっちの世界では無難な気がする。

 あっちの世界の技術とか使えれば、もっと楽に……。

「ってそうだ、イネちゃんのコネ使えばいいんじゃん」

 うっかり声に出してしまったので皆がイネちゃんを見てきたけれど、思いつきを皆に話してみる価値はあるかな。

「政治干渉とかになるから、普通は無理だと思うけれど……イネちゃんならお父さん達を通じて道具だけは調達できるかも。こういう事態に対して使えそうな道具を色々と」

 録音機とか、カメラ、科学捜査系のものは民製品で揃えられそうな感じだし、できなくはないと、イネちゃんの素人な思いつきでとりあえず言ってみる。

「ふむふむ、確かにイネ嬢ちゃんのコネっていうのはありなんか。たまたま異世界の傭兵……イネ嬢ちゃんのメインは冒険者側だったか、まぁ異世界の冒険者がそれら道具を偶然所有していました。なら言い訳できるねぇ。でも専門の道具って高いんじゃないん?」

「まぁ基本的に高額紙幣をいくつかは必要だけれど……お父さん達が既に持っている民製品でも多分十二分かなとも思うよ」

「民製品!?民間人が誘拐とかの対策できるほどに治安が悪いのですか……?」

 あ、キャリーさんそっちに捉えちゃったか。

「本来は別の使い方してるからなぁ、生活を便利にーって感じで。実際今の状態だと有効的に使えるか自信はないからね、使えることは使えるだろうけれど」

 GPSでもビーコンでも、対象に持っていてもらわないと意味がないからね。

 ただカメラを使って事件現場の記録とかはできるからね、ボブお父さんの言うには軍でも安い民製品使ったりするとか言ってたし、少しでも情報が欲しい状態だから将軍さんの尋問録音に現場のカメラ記録は本当欲しいかも。

 ちなみにイネちゃんのスマホは充電できていないので今は使えない。

 ギルドに行けば充電できなくはないけど、あまり性能が良くなくて充電完了まで結構時間かかるんだよねぇ。

「それを用意するにはどんくらいかかるん?」

「んー連絡とギルドとかで使える転送システムの利用の有無次第だけれど、案外すぐできると思うかな。もしかしたらボブお父さんのお店で扱ってるかもだし」

 雑貨屋さんだけど、結構使う人がいないだろうっていう大物家電とかも扱ってたしカメラ辺りは普通にあるかもしれない。

 イネちゃんのお手伝いはコーイチお父さんのパン屋さんばかりだったから、ボブお父さんのお店のラインナップは知らないんだよね。

「そっか、じゃあヴェルニアの教会の改修が終わったら転送陣作るし、そっちでもええかね。ギルド側だと後々突っ込まれたらどうしようもないだろうが、教会経由なら教会の要請でって言い訳できるだろうからね」

 ムーンラビットさん、本当こういうところの頭の回転が凄いなぁ……。

 何かあれば助けてくれるっていうことなんだろうけど……、いや、これはお言葉に甘えるのが大人的対応になるのかな。

「イネちゃんとしては、厄介事をムーンラビットさんが引き受けてくれるのなら嬉しいんですけど、いいの?」

「いくら教会の現地指導していたとは言っても、私が現地に居たのは事実だからねぇ。そっちで叩かれるよりは圧倒的に楽やし、手を打ったっていうアピールになるから、実際のところ私の保身みたいなもんよー」

「それは口にしちゃっていいのかなー?」

「別にここにいる全員、アピールの為に私が色々悪いことしましたーとかたれこむことはせんでしょ?なら問題ないんよー」

 本当アバウトだなぁ……まぁ皆事態解決することを優先するつもりだから間違いではないんだけれど、ムーンラビットさんはこの辺凄いと思う。

「とは言えイネ嬢ちゃんの言う物が揃うまでの間に現場の痕跡とかを確認しておきたいんやけれど、封鎖はできてるんよね」

「魔力方面に関しては霧散しちゃうしどうしようもないから、私がやっておいたけれど、侵入禁止とかはギルドがやったんじゃ……」

「え、でも僕が現場に行ったときには特別何もされていなかったような……リリアさん、教会側がやってないんですか?」

 あ、この流れは……。

 リリアさんとヨシュアさんがお互いそんなことを言うあたり、今現場はいろんな人が往来しちゃってそうだね。

「あちゃー、こりゃ封鎖してないねぇ。まぁメイン街道の中心地やし仕方ない部分もあるんだけれど、イネ嬢ちゃんの言った物は意味がなくなりそうやね……」

 ムーンラビットさんの結論に皆意気消沈しそうなところで、イネちゃんは……。

「民製品じゃなくなるけれど、一応足跡とかがわかるようにする技術はあったような気がするけれど……雑踏からとなるとかなり時間がかかりそう。普通なら無理って言っちゃうレベルのが必要になると思う」

 なんかテレビの特番でむしろ不可能とか言ってた気もするけれど、言い方的に時間かかりすぎるからって感じだったから、今の言い回しで……問題ないよね?

「イネがそういう言い方をするときってちょっと割増に考えたほうがいいよね。使えないわけじゃなさそうだけれど、正確性に欠ける可能性が高いってところなのかな」

「いやヨシュアさん、その言い方ってどういう意味かな、うん。でもまぁ確かに雑踏全部の足跡とかを調査とか、水で洗い流しちゃってたらもう無理とかあるから……ヨシュアさんの言うとおりの感じになると思う」

「そっか、じゃあイネ嬢ちゃんの言うそういうのは……」

 イネちゃんとヨシュアさんのやり取りを聞いて、ムーンラビットさんが最終結論として必要ないって言いかけたところで……。

「いえ、イネのコネを使いましょう。確かイネのお父さんの中には現役の方が居た記憶があるので。それに僕にちょっと考えがあります」

 ヨシュアさんが割り込んで、ニヤリと笑った。

 うん、ベビーフェイスな感じでもこういう笑い方するとわるーいこと考えてるなってよくわかるね、完全に悪役の表情だ!

「そっか、じゃあヨシュア坊ちゃんの案をちょっと聞いて悪くなければ異世界のほうにも頼ることにしよっかー」

 この後ヨシュアさんの案を聞いたムーンラビットさんはふんふんほーとか相槌を打った後笑ってGOサインを出したのだった。

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