第74話 イネちゃんと開拓村での準備
「うぅ、ササヤに連絡入れたことで最寄りの転送陣を使えたのはええが、あの子少ししか手加減しないんだもん、ひどいんよー……」
頭に大きなたんこぶを作ったムーンラビットさんが涙目で呟く。
「いや、流石にばあちゃんが強引なのが悪いんだからね。私もちょっと母さんに怒られたし……情状酌量で目こぼしされた感じはあるけど」
リリアさんのほうは頬が少し赤い。
イネちゃんもその様子は見てたけど、頬をつまんでみょんみょんされてたよね、この程度の事案で聖地巡礼の旅を云々とか言って。
有事の場合致し方ない気がするんだけど、ササヤさんにはあまり関係ないって感じなんだろうか。結局タタラさんにたしなめられてたけど。
「ま、ササヤの時は巡礼の時貴族間の小競り合いが今の比ではなかったかんね。そのことごとくを粉砕して巡礼完遂した時には軍神だの修羅だの呼ばれてたけど」
ムーンラビットさんの言葉にふと、ゴブリンの巣の前でササヤさんのやったことを思い出して、少し気分が下がってくる。
あの時も守られて、今もムーンラビットさんは言い訳用とは言ったけど、それは同時に絶対に守ってやるって宣言でもあるしね……。
村でも守られたし、そんなにすぐ強くなるわけじゃないのは分かっていても10年前にお父さんたちに助けられて……いや、その前からイネちゃんはずっと守られ続けているんだよね。
まぁそれこそ今すぐ解決できるものじゃないから、流れに乗らざるを得ないんだけどね。
「でも意外だったかな、母さんも来るとか言い出すかと思ったのに」
「ヴェルニアでまともに運営できてる軍
組織がギルドだけで、こっちのギルドから冒険者が全員出払っちまったから、名前だけでも抑止力になるあの子が動くわけにいかなくなったからね、まぁ私が来たっていうのも理由の1つなんやろうけど……絶対やりすぎるなって釘を刺されてしまった、あの子、私には本当厳しいんよー」
「それはばあちゃんが自由すぎるだけだからね?」
なる程、そういう理由なのか……ってあれ、ヴェルニアの私兵は色々あって仕方ないとは思うけれど、オーサ騎士団の人たちはどうしたんだろう。
ちょっと前にオーサ領首都が包囲されてたとか言ってた記憶があるし、一度撤退しちゃったのかな。
「しかし困った、ヌーカベの全力疾走で人を耕すわけにもいかんからどうやってヴェルニアに入ろうか」
「もしかしてばあちゃん、何も考えずに出てきた……?」
「そういうわけではないけどねぇ、馬車すら出払っているとは思わんかったんよー。後、包囲突破に関しても誰かさんに陽動頼もうと思ってたんよな」
「ササヤさんに頼もうと思ってたんだね……」
「ま、出たとこ勝負なのは変わらんし、ともかく現地に向かおうかね。耕さなければヌーカベが使えるわけだし、足には困らん」
ムーンラビットさんの行き当たりばったりな言葉に、イネちゃんだけじゃなく皆が呆れる。
いやまぁそれでも大丈夫という自身があってこそなんだろうけどさ、それでもちょっと無謀が過ぎないですかね。
「……いやあの村である程度わかっていたことだがここまでとはな、司祭様がこれでちゃんと運営できるヌーリエ教会が凄いと改めて感じるな」
ティラーさんまでこんなことを口にしちゃうレベルだよ、本当。
「はっはっは、私はこれでも公的なことをするときは真面目を意識してるんよ。今は公式だとむしろ困ることが多いから、非公式として動いてるんよー」
なんというかムーンラビットさんの言動がこう、まるで捉えられないイネちゃんがいる。
「はぁ、じゃあ父さんと母さんに言ってヌーカベ借りてくるよ……」
リリアさんはため息を付きながら、畑仕事をしているタタラさんとササヤさんの所まで走っていった。
あ、今皆がだべっているところは教会の縁側で、ギルドのほうは今オーサ領のゴタゴタで忙しくってゆっくりできないから行っていない。
イネちゃんとしてはケイティお姉さんに挨拶くらいはしておきたいとも思うけれど、本気で忙しいとササヤさんから聞いたのでちょっと遠慮している。
そんなことを考えているとティラーさんが。
「ところで、キュミラはどうした」
……そういえばいつもならッスッスって何か言ってそうなのに静かだったね。
「あの嬢ちゃんなら町のほうに飛んでいったんよー」
キュミラさん……間違いなくギルドに飛んでいったよね。
放置しておくほうが大変になりそうだし、仕方ない、イネちゃんもギルドに行ってみようか。
「キュミラさんがギルドで邪魔するといけないし、イネちゃんが捕まえに行くよ」
そう皆に言って立ち上がり、縁側で靴を履こうとしたところで……。
「おーい、イネさーん」
空の方からイネちゃんを呼ぶ声が聞こえてきた。
声の下方向を、誰なのかを確信しながら目を向けると予想通り、キュミラさんがバッサバッサとケイティお姉さんを空輸してきているのが見えた。見えてしまった。
邪魔をするどころかよもや連れてくるとは……これはキュミラさんお仕置きだね。
「えっと、聖地にいると聞いていたキュミラさんが突然来て教会に連れてこられたのですが……あ、イネちゃん大丈夫なんですか?」
ケイティお姉さんは思ったとおりにわからないまま連れてこられたみたいだけれど、イネちゃんを見るなり心配の声をかけてくれた。
「うん、とりあえずもう大丈夫だけど……ケイティお姉さんごめんなさい、キュミラさんが勝手に連れてきちゃったみたいで」
「あぁうん、それは驚いたけど……丁度ご飯を食べようとしていたところだったからそんな顔をしないでもいいのよ?」
イネちゃんが悪いわけじゃないんだし。って続きそうな雰囲気があるけど、ともかくケイティお姉さんがそういうならそれはそれでこの状況を有効活用しよう。
「じゃあケイティお姉さんはこのまま教会でご飯ってことなのかな?」
まぁ一応聞いておくけど、もし違ったらキュミラさんのこと強く言えないし。
「えぇ、最近あまり美味しいものも食べていなかったから……ここまで来たらせっかくだしそのつもりだけど、イネちゃんなにか聞きたいことがあるの?」
流石にケイティお姉さん相手だと色々察せられるね、凄く優しい目でイネちゃんを見てきてる。
保護者としてイネちゃんを見てくれた期間は1週間だったけど、イネちゃん的にはもうひとりのお母さんな感じもあるんだよね、年齢的にはお姉さんなんだけど。
「えっと……ヴェルニアって今、どうなってるのか……」
イネちゃんがその言葉をだしたところでケイティお姉さんの顔が『あぁやっぱり』っていう感じになった。そして、すぐに厳しい顔になり。
「少し厳しい、かな。オーサ騎士団の人員が3分の2が首都と王都を繋ぐ街道の解放に出払って、更に勇者様が離脱。ヨシュア君たちは残っていたけれど、流石に多勢に無勢って感じで……」
……まぁわかってはいたけど、結構な規模なんだね反乱軍って。
それにそんなに戦える人が少なくなっている状態であるのなら、籠城も致し方ないよね、まともに戦っても苦戦する上に数に押しつぶされるだけだから。
「ふむ、トーカ領で略奪するだけに飽き足らず殺して奪うしか思考してないんかね、反乱軍の指揮官は」
とムーンラビットさんがふと会話に混ざってくると。
「えっと、貴女は?」
「いやぁ今この子らの保護役やってるただのうさちゃんよー」
「は、はぁ……」
手のひらと自前の耳をぴょこぴょこさせながら、変な自己紹介をするムーンラビットさんにケイティお姉さんは空返事で返すと、ムーンラビットさんは気にせずに続ける。
「で、ヴェルニアにおける略奪被害とかは数値で出てるん?」
「え、あ、い、いえ。幸い外壁が強力なために侵入自体は許しておらず、農地も全て街の中にあるため目立った被害は無いようですが……肉や果物に関しては包囲されているために不足し始めているとのことです」
狼狽えながらもちゃんと答えるケイティお姉さん凄い。
「そっかー、前当主が色々やらかして家畜もいないんやったか。反乱軍は戦略として兵糧攻めは正しいんだが……ヌーリエ教会としてはちょっち見過ごせないんよー。民間人へも行っている以上お仕置きが必要かねぇ」
なんだか普段以上にねっとりした声で、更に妖艶って感じの笑みを浮かべるムーンラビットさん。これ絶対なんか企んでるよね?
「ヌーリエ教会管理の慎ましい村を襲ったこともあるし、存分に反省できるだけの罰は与えないとあかんよねー」
「ヌーカベ借りて……ばーちゃん、なんで顔してるんだよ、下品だよ」
ムーンラビットさんがぐへへって感じの顔になったところにリリアが戻ってきて呆れた声で指摘した。
まぁうん、確かに今のはちょっと引いちゃう感じだったかな、うん。
「いやぁ怒られずに食べ放題なのを想像して、ついなー」
「へぇ、何を食べ放題なのかしら母様」
リリアに返事をしたムーンラビットさんは、その後ろに立っていたとても素晴らしい笑顔をしたササヤさんを見た瞬間、その表情が固まった。
「ほ、ほら……ここなら草を、ね?」
「干し草はヌーカベの餌よ、食べ放題というほどは今は無いのだけれど……で、本当は何が食べ放題なのか・し・ら?」
固まった笑顔のまま、足元に生えていた草をもしゃり始めたムーンラビットさんにササヤさんは表情を変えず、更に聞くと……。
「……反乱軍の精気です、はい」
ムーンラビットさんのお腹に、ササヤさんの腰の入ったボディブローが炸裂した。
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