第71話 イネちゃんと大地と豊穣の女神様

 リリアさんに先導される形で大聖堂から外に出ると、最初に目に飛び込んできた光景は黄金色に染まった小麦や大麦の畑だった。

 正面の道はまっすぐ続いているものの、かなりの作付面積のようで、ほかの建物は遠目に確認できるくらいに離れている。

 ただ横の道を見る限り、大聖堂のそばにもいくつかの建物があるので、ヌーリエ教会の関係者は大聖堂近くの建物で暮らしているだろうことを想像させてくれた。

「あぁ、まだ収穫ではないですけど後数日で第二収穫祭の時期ですね」

 収穫?小麦や大麦って秋になるんじゃなかったっけ……。

 イネちゃんがこっちの世界で冒険者になったのは春先で、まだ初夏になるかどうかってところだから……あぁイネちゃんが感じた違和感はそういうことか。

 初夏の陽気、というにはまだ少し肌寒い気温なのに一面黄金色の麦畑なのが違和感の正体だったんだ。

「第二収穫祭って、この麦を植えたのってどのくらい前なの」

 もしかしたら年中こんな気温や気候で、あっちの世界で言う冬に作付してればこの光景も納得できる。

「春先ですね、イネさんがこちらの世界に来られたあたりじゃないでしょうか」

「……生育早すぎない?」

 そのイネちゃんの疑問に対して、リリアさんはどこか得意げな表情を見せ。

「これこそがヌーリエ様の恩寵です」

 と笑みを浮かべて説明を始めてくれた。

「ここ聖地シックは、ヌーリエ様が始めて降臨して様々な種族とともに開拓した地なのです。当時はヌーカベに頼ることもなく、大聖堂前の麦畑の面積を作付したと伝えられてるんですよ。そしてこの地の土に関してはヌーリエ教会の司祭様たちが年4回作付をして、管理しているんです」

 生育の早さについての説明が無いからよくわからないけれど、今イネちゃんの目の前に広がる一面の麦畑が、機械にもヌーカベにも頼らずに生み出されたものであるという言葉は素直に驚く。

「本来年4回も作付すれば土地は痩せていく一方なのですが、ヌーリエ様からもたらされた土壌開発の技術と、大地の魔法によってありとあらゆる作物の生育を補助する畑が維持されているんです」

「土壌開発は肥料とかだってなんとなくわかるけど……大地の魔法?」

「はい、ヌーリエ教会の神官長以上の方々なら基本的に使える魔法です。ちょっと特殊な上に特定の事象だけではないので、便宜上ではヌーリエ様の加護とか、儀式魔法とも言われたりしますね」

 ということは大地に関わることだけでもないのかな。

「実はジャクリーンさんを治療したあれも、大地の魔法なんですよ」

 そうやって少し照れた感じにリリアさんが言う。

 確かにあれは大地って感じじゃなかったから、なる程儀式魔法っていうのもなんとなくわかる。

「それじゃあ街のほうに行きましょうか、ちょっと畑の中を歩くことになるので足元に注意してね」

「そういえばさ、リリアさん」

 説明を一旦やめて歩き出そうとしたリリアさんに、イネちゃんはふと思ったことを聞く。

「なんで敬語混ざりの変な言葉になってるの。イネちゃんとしては別にさん付けじゃなくてもいいし、敬語もいらないんだけれども……」

「……気にしてなかったけど、そんなに気になります?」

 うん、凄く気になる。

 と首を縦に振って肯定すると、リリアさんは少し考えて。

「なんとなく、だけれど……友達っていう感覚と、護衛を頼んだ冒険者さんという感覚が同居している。のかなぁ?」

 いや、そこを疑問符にされても、イネちゃんはわからないからね?

「でもそうか……同じ年頃、っていうか同い年の女の子ってイネさ……イネが始めてなんだ。同年代は姉ちゃんたちとオオル、弟くらいだったからさ」

「え、ヌーリエ教会の神官さんの家なら……」

 ココロさんとヒヒノさんに関しては、勇者様って肩書きを考えたら理解できなくはないけれど、保護者がすごいだけで……ってそれだけで十二分の理由になるのかな。

「あぁいや、私の場合血の問題がね。ほら、ばあちゃんがアレだから、力の制御が完全に身につくまではってずっと親族としか付き合いがほとんどなかったから……」

 あ、これデリケートな部分をガッツリつっついちゃったパターンだ。

「えっと、その……」

「あぁうん、でもここ数年は外に出ても大丈夫だから……元々シックに同い年の女の子がいなかったっていうだけだから、気を使わないでもいいよ。開拓町に移った後は父さんの手伝いで忙しくて町のほうにはお使い程度でしか出てなかっただけだから」

 うわ、凄く気を使われてしまった。

「よし、じゃあ敬語とさん付けは禁止!私もリリアさんのことはリリアって呼ぶから!リリアとイネちゃんはお友達!いいね!」

「え、あ、は……はい」

「そこは、うん。でいいんだよ」

「う、うん。イネさ……イネ。でいいんだよね?」

 イネちゃんは笑顔で首を縦に降ると、リリアも少し戸惑った感じではあるけど笑顔になって。

「わかった、じゃあイネ。今度こそ街のほうにいこう!」

 なんだか凄く嬉しそうなのは、リリアも寂しかったのかなと勝手に思ってしまう。

 先を歩くリリアの様子にイネちゃんは笑顔になりながら麦畑に目を向ける。

 一面に広がる麦畑の光景はどことなく落ち着く感じで、ムーンラビットさんが寝起きのイネちゃんに対して言った言葉を実感する。

 確かにこれだけのものを見せられれば、癒される云々は別にしても感動は覚える。

 ボブお父さんの実家はこんな感じで大規模な農業してるらしいけれど、イネちゃんそっちは見たことないし、初めて見る広大な農地って見るだけでも本当時間を忘れられそう。

「……それでね、シックの名物料理にお米や麦を使ったお菓子が……ってイネ聞いてる?」

 頬をぷぅって膨らませながらリリアがイネちゃんの顔を覗き込むようにして聞いてくる。やだ可愛い。

「ん、あ、ごめんごめん。これだけ大きい麦畑は本当、初めてだからさ」

「まぁ、確かにこの麦畑って大陸でも一番大きいらしいから気持ちはわかるかな。ヌーカベの力もなく、これだけの面積を開墾した先人たちは本当、私もすごいと思う」

 こっちの世界の人たちって、本当農業に関しては頭おかしいレベルだよね。

 女神様も一緒に開拓したっていう伝説があるのは、ちょっと眉唾ではあるけれどそう信じる人が多いのも納得できるよね、それだけのことをヌーリエ教会はやっているんだから。

「何よりヌーリエ様の教えがすごかったんだよ、耕し方やいい肥料のつくり方、農具のつくり方や使い方なんかも、ヌーリエ様からもたらされたものなんだから」

「その言い方だと、女神様が実在したってことを証明できてるのかな」

 勇者様に神託と力を与えているあたりで実在証明できているとは言えなくはないけれど、完全な偶然っていう考えを否定しきれないからなぁ。

「あぁうん、なんでもヌーリエ教会の亜人種の中にその時代から生きている人が居るって聞いてる。大陸中央から西部における歴史に関しては証言付きで記録できてるらしいから、実際にヌーリエ様がいらっしゃったのは確実だろうってどの歴史学者も言ってるね」

 文字通りの生き字引な人が居るんだ、こっちの世界の歴史学者が軒並みそう言っちゃうってことは、証言と物的証拠……遺跡とかが符合したりしてるんだろうなぁ。

 こういうのはあっちの世界だとなかなか証明できない……というかほぼほぼ絶望的だから、考えが及ばないんだよね。

「教会の教育機関でもそれが誰なのかって教えてくれないんだけどね、一部の神官長と、司祭以上の人たちは知っているらしいんだけど……まぁわからないことをあれこれ考えるよりも今は!」

 リリアはそう言ってイネちゃんの手を取り、走り出す。

「ちょ、危ないって!」

 あぁでもこういうのって久しぶりだな、街で買い物をするときにステフお姉ちゃんに引っ張ってもらったのが懐かしく感じる。

 とまた上の空になりかけたところで、柔らかめの地面に足を取られてこけかける。

 そしてぽふん。と前に一度感じた感触を顔に感じて……息ができない。

「と、イネ大丈夫?」

 倒れかけた拍子にまた、リリアの胸に顔が埋まってしまったようで、あの時と同じように髪の毛が金具に引っかかったみたいで、抜けない。

「あ、またあの時みたいになったのか。ちょっと待ってね……」

 リリアがそう言って、紐がほどけるような音が聞こえたと同時に呼吸ができるようになった。

 ……いやこれちょっと待って。あの時と同じってことは、今リリアは。

「あぁまた髪の毛が金具に絡まったんだね。……はい、これで大丈夫」

 イネちゃんの顔に張り付いていた服が取れると、目の前に薄い褐色肌のたわわが2つ飛び込んできた。

「えっと、下着とかは……?」

「んー正直ちょっと邪魔で……私としては服も窮屈なんだけど、着てないと母さんに凄く怒られるからさ」

 あの時にココロさんが少しそれっぽいことを言っていたけど、リリアはやっぱり裸族ヌーディストなんだね……。

 サキュバスの血がそうさせるのか、単純にリリアがそういう性癖なのか。ともあれリリアは裸族ヌーディストであることは今の本人の言葉から確定したね、うん。

「うーん、こんなに引っかかるならもういっそこの金具取ろうかな」

「服の金具ってそんな簡単に取ったりできるものなの?後早く服着よう」

「いやまぁ、どうせ着なきゃいけないなら少しおしゃれしようかと思って自分で作ってるから、大丈夫だよ。後やっぱり着なきゃダメかな」

 リリア、お料理だけじゃなくて服飾もできるのか……。

 イネちゃんは首を縦に振りながらリリアのスペックを改めて考える。

 お料理はお金が取れるレベルで、リリアの今着ている服は自作。

 デザイン性と運動のしやすさを両立している感じで、ちょっとかじっただけとかそんなレベルじゃないのは、素人のイネちゃんからしてもわかる。

 これは普通に考えて、リリアの女子力は恐ろしく高いのではないだろうか。お料理に関しては好きでやってるらしいし、基本美味しいっていうのも相当な女子力だよね。

「もしかして服飾も趣味だったりするの?」

「え、そうだねぇ。料理ってずっとやっているわけには行かないし、暇なときは針仕事したりしてたかな」

 裸族ヌーディストである点以外は、かなりの良妻賢母型なんじゃないだろうか、この人は。

「ま、いいか。今度はゆっくりと街に向かおうか」

 イネちゃんの「ま、いいか」にリリアは不思議そうな顔をしたけど、すぐに笑顔になって今度は横並びに手をつなぎながら街へと向かって歩きだした。

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