第68話 イネちゃんとマッドスライムと兵隊

 現場についたティラーさんとイネちゃんは、まずその臭いで鼻を押さえた。

「なんだこの臭い、おい、誰かいねぇか!」

 ティラーさんが叫ぶも、村の入口と街道との中間点あたりだから巡回している人員も朝夕の2回だけで、今はその声に答える人はいなかった。

「クソ、確かに何か起きてるんだが、確認しようにも難しいってところか」

「これでも外壁や柵のために伐採してるから、マシにはなってるけど……それでも森は深いところだからきついかな」

 こういう時にゲームのような動体探知レーダーとかがあればなーと思うけど、イネちゃんの装備には残念ながらその手のものは存在しないんだよね。

「とりあえず被害者無し。っていうのは幸いかな、さっき話していたマッドスライムの臭いって、今漂っている感じだから……」

「話しをしたその日に出くわすとか、運命を感じるな……遠慮したい運命の出会いだが」

 ティラーさん、言い回しがキザっぽいというかなんというか……詩的って言ったほうが角がないのかな?

「……一旦村まで引こう。流石に視界が悪すぎて奇襲を受けたら一発でやられかねないし」

 イネちゃんの提案に、ティラーさんは一瞬驚いたような表情をしたけど、少し考えて苦々しい顔と口調で同意してくれた。

「ここは経験者の意見を聞くべきだな、それに俺の武器は斧で、更に言えば持ち手が木材だ……戦力外になるのは勘弁だしな」

 ここでプライドとか抜きの判断をして、ちゃんと撤退を選択できるティラーさんはイネちゃんと比べて判断力が高いと思う。

 ティラーさんの持ってる情報は、さっき教会で話した内容分しか無いのにもかかわらずにも、実戦経験があるってだけでイネちゃんの、自分より年下の女の子の意見を信用するのって、かなり勇気のいる決断だと思うしね。

「お互い背を合わせて森のほうを警戒しつつ、ゆっくりと村に戻る。俺の背中を任せたぜ」

「それは、うん。イネちゃんが提案したことだからね。戻ったらティラーさんはムーンラビットさんに報告と、出て来る時に探知しておくって言ってたからその結果を聞いてきて」

 さっきの世界情勢のお話を聞いた直後に、マッドスライムがここにいる理由を考えたら最悪のパターンを考えざるを得ないからね。

 イネちゃんとムーンラビットさんの杞憂であって欲しいけれど、ヌーリエ教会の掴んでいる情報を考えたら有り得ないことじゃないからね、反乱軍が村を狙っているっていうのは。

「わかったが、イネちゃんはどうするんだ」

「イネちゃんは村の入口の奇襲を受けない場所で待機するよ。正面からの襲撃には全部対応する」

 全部対応は物理的に無理だけれど、少なくともそういう気持ちでいないと村の防衛は厳しいと思う。

「……そうか、わかった、イネちゃんの指示通り動こう」

 ……本当、ティラーさんすごいなぁ。

 今の間はイネちゃんの勝手な想像だと、全て理解した上での間だよね。

 多分、イネちゃんが自分の言葉を守れなくてもティラーさんは責めない気がする。

 ともあれそうならないように努力するのが、今のイネちゃんが自分に課した試練、なんとしても守って見せるけどね。

「しかし、臭いは強くなっているのに姿が一切見えないのは心理的に消耗するな。いっそのこと飛びかかって来たほうが……いや、さっきの資料を考えたら現地に姿がなかった時点で既に最悪を引いているのか」

 背中からティラーさんの、少し震えた感じに言葉を漏らす。

 更に言えばティラーさんの背中が少し汗ばんでいるのが、イネちゃんの後頭部から伝わってくる。ティラーさんかなり緊張してるなぁ……少しまずいかも。

 そしてこういう時って、得てして最悪の流れを引くっていうのが、パニック映画とかのお決まりのパターンなんだけれど……イネちゃんはパニック映画の主人公どころか登場人物でも無いし、ティラーさんももちろん違うので、外れていて欲しいんだけれど、そうもいかないのが現実というところである。

 あと少しで村の入口、というところで、村の方から戦闘らしき音が聞こえてきた。

「ティラーさん、もう村のほうに走って!今の音はちょっとまずいことになってるかも!」

「クソッ!何が起きてやがる!……イネちゃんすまねぇ!」

 イネちゃんの声が聞こえていたのかどうかはわからないけれど、ティラーさんは村の方へと走っていった。

 戦闘音……だと思う音は金属音が主だったから、マッドスライムは居ないと思うけれど、それはそれで最悪な展開が想像できる。

 イネちゃんまでが走っていった場合、それはそれでおそらくマッドスライムだろうこっち側が誰も防衛していない状態になって、完全に襲撃者の思うツボになる。

 ともあれティラーさんを送るために村の入口、イネちゃんが村に来てから作り上げた柵と柱に挟まれた簡易的なものだけれど、今の状態なら敵の襲ってくる方向を限定できる分、何もない状態よりは戦い易い。急ごしらえではあるけれど村の顔だからって優先しておいてよかった。

 さて、門番なのか殿なのか、ちょっと分かりにくいところではあるけれど、村の入口から少し村に入ったところに立って、P90を構える。

 マッドスライムにはP90よりもスパスのほうがいいとは思うものの、相手の位置や木の多さから散弾だと有効打が入りにくいし、スラグ弾でも流石に距離があると木を貫通してっていうのは厳しい。

 P90でも貫通はしないけれど、スラグ弾より安い直線攻撃だから、指切りすれば弾も節約可能でこういう時の、イネちゃんの今の手持ちなら一番使い勝手がいい。

 ファイブセブンさんでもいいかもしれないけれど、それはそれで一気に出てこられた場合の対応が遅れちゃうから、P90なのだ。

 しかしながらイネちゃんの想定通りには物事は進まないのである。

「おい、こっちにもいるぞ!」

 イネちゃんが聞いたことのない声で叫ぶのが聞こえると複数の足音が村のほうから聞こえてきて、更に間の悪いことに目の前にマッドスライムが3匹、姿を現した。

「へ、逃げようとでもしてたのか。このところご無沙汰だから俺にくれよ」

 後ろからはもうなんというか、テンプレートとでも言いたくなる台詞を吐き出すのがいるようだけど、今は目の前の……いや、このマッドスライム利用しようか。

 魔法か何かで操っている可能性は否定できないけれど、少なくとも馬鹿な味方が射線に立ったりとかは想定してないかもしれないし。

 それにしても今も後ろから「へっへっへ」とか聞こえる辺り下品だなぁ、ぬらぬらひょんのヒャッハー達を見習って欲しいくらいだね、ぬらぬらひょんの人たちは気のいいあんちゃんって感じで、ヒャッハーしてなかったらモテる要素が一杯ある紳士な人たちばかりなのに、所属組織が違えばこんなものなのかな。

「おい、アレがいるじゃねぇか。誰か命令出せる奴いるか?」

 あ、情報ありがとう。

 こういう連中が相手だと、イネちゃんが口を開かなくてもどんどん情報が飛び出てきそうで、ピンチのはずなのに凄く気持ちが楽しくなってくる。

「おい、いい加減にしろ。一応今は作戦行動中だ」

 む、今度は冷静そうな声が。

 ちょっと声が低い辺りガタイがいい大柄な男性……もしくは首が太くて声帯がすごい人かな。

「でもよ、なんで教会受け入れに反発したうちの貴族様は食料確保してなかったんだよ、そのせいで俺たちはこんな辺境の森にいるんだぜ」

「黙れ、こいつに逃げられたら俺たちは大陸全土から敵として扱われる。教会のほうに向かった連中もすぐに焼き討ちする手はずだからな」

 ……これはイネちゃんがここを守っている理由はもうないかな。

 というよりはさっさと教会まで走り抜けて、皆と合流すべきか。

 できるだけ村で逃げ遅れた人がいるかどうか確かめながらになるかな……ムーンラビットさんのことだからしれっと既に村人全員を避難させてそうではあるけど。

 背後の足音がかなり近づいて来たのを確認してから、イネちゃんは低い声が聞こえた側に対して振り向きざまにP90を発砲してから、駆け出した。

「うぉ!今のなんだ!耳がいてぇ!」

 軽口を叩いていた方の声を横に聞きながら、倒れかけている大男の横をすり抜けて村の中へ……。

「クソが!」

 行こうとしたイネちゃんの額を、大男が鷲掴みにしてきて持ち上げてきた。

 少し痛いけれど、耐えられないわけでもないし、むしろ少し弱々しく感じる辺りイネちゃんの銃撃はしっかり当たっているはず……なんだけど動けるのに驚いてイネちゃんは少し動きを止めてしまった。

 その一瞬の間で、大男はイネちゃんを地面に叩きつける。

「……っ!」

 流石にお父さんたちに色々鍛えられてるイネちゃんでも、ほぼ全体重を乗せた叩きつけは痛い。

 幸いこのあたりは先日ヌーカベが走った場所で、踏み固めもしていなかった場所だから外傷と呼べるものや衝撃自体は比較的小さかったけれど、勢いよく叩きつけられたことで脳が揺れたのか、グリップを放しはしなかったものの引き金から指が離れてしまい、そこを踏みつけられて右手が動かせなくなった。

「がはっ……こいつ、魔法師でも魔族でもねぇ今の攻撃はなんだってんだ」

 口から血を出しながら大男はそう言いながら、イネちゃんの右手を踏みつけている足に体重をかけてきた。

「おい、大丈夫か!?ってアレがこっちに寄ってきてるぞ!本当に命令出せる奴連れてこい!ついでに衛生兵もだ!」

 まだ少し頭がぼーっとしていると、今度は脇腹に衝撃を感じた。

「このアマ!よくもやってくれやがったな!」

「おい、本当に野盗のようなことはするな……」

「でもあんたをこんな目に合わせたんだぞ!」

 あぁ、今のは軽口叩いてたほうか。

 イネちゃんのマントは軽量魔法の他に色々かかっているのか、衝撃にやたら強かったりするので、おそらく蹴られたんだろうけれど痛みはそこまでないから、わからなかった。

『イネ!』

 頭の中でイーアの声が響いたと同時に、ぼーっとしていた頭も妙にスッキリした感覚になって、少し感じていた体の痛みも引いてきた。

『私が考えるから、イネは体を動かして!』

 イーアの言葉に合わせる形で、左手でナイフを逆手に抜くと、私の右手を踏んでいる足を切りつけてからP90を持ち上げる感じに右手を上げ、指を引き金に戻して脇腹を蹴ってきた人のほうに向かって発砲しつつ四つん這いの状態に体勢を変える。

「がっ!」

「うぉ!」

 大男のほうはしっかりとダメージが入ったのはわかるけど、軽口のほうは当たらなかったらしく、聞こえてきた声のトーンが変わらない。

『イネ、前に進む感じで立ち上がって!』

 イーアの言葉に従う形で立ち上がると、目の前にマッドスライムが居たので横に飛びつつ、P90をマントに収め、スパスを抜きながらバックショットを装填、着地と同時にマッドスライムに撃ち込む。

 発砲音と共に2匹のマッドスライムが溶けると、軽口を叩いていたほうが。

「ば、化物がぁ!」

 私みたいに可愛い子を前にして化物ってひどいなぁ。

 まぁ、明らかに不利な状態から一息で完全逆転状態になれる相手を前にしたら、そういう言葉が出てきちゃうものか。それでも失礼だけど。

 しかし、私としても今発砲したスパスの反動をいつもはほぼ受け流せるのに、今撃った時には結構右腕全体に痛みが響いた。これは踏みつけられた時に痛めたかな。

「くそ!食料を奪うだけの簡単な任務のはずじゃなかったのかよ!」

「余所様の土地で、余所様の食べ物を奪って当然ってあんたも考えるんー?」

 軽口を叩いていた人の愚痴に、村の奥からゆっくりと、ムーンラビットさんが質問をぶつけた。

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