第46話 イネちゃんと補給
「もう全部ササヤさんでいいんじゃないかな……」
まだ息のあったゴブリンに止めを刺して、空薬莢を回収しながらイネちゃんはそう漏らした。
いやだって降りて一回転するだけで広場制圧って、もう住んでる世界が違うっていうか、レベルが違いすぎるっていうか……。
「私だって自分の目が届かない場所まではあまり対応できないのよ」
「普通は一切対応できないと思うよ、母さん……」
そういう会話の最中であっても、ササヤさんは自身の吹き飛ばしたゴブリンをすごくいい手際で広場の中央に集めていた。
「……ともかくイネさん、と後1人というのはおかしいかしら。慣れないうちはあまりやらないほうがいいと思うわね、普通の人で言えば脳のリミッターを外すようなものだから、体への負荷が大きいと思うわよ」
「えっと、ササヤさんは一体どうして、その言葉を話せちゃうのですかね……」
「別に精神魔法が使えないのと、種族特性の読心能力が使えるのは別問題よ。サキュバスである母の血は私のほうが濃いのだからその程度はね」
その程度で使えていい能力なんだろうか。ともあれササヤさんの言葉に私は真摯に返事をする必要があるよね。
「と、言われましても、ゴブリンにやられそうになったときに唐突と言いますか、私も意図していなかったことなので……」
とは言えイーアとしての意識は今聞こえない。本当に命の危機に反応した何かって感じになっているのはどう考えるべきなんだろうか。
「イネさんの場合、経緯が特殊な部類ですけど、その影響で他の人よりもリミッターが外れやすいという認識をしておいたほうがいいわね、事が落ち着いていれば私が色々レクチャーできるのだけれど、今の状況ではちょっと無理だし、リリアの祈祷で治せる範疇とは言えないから頼らないと意識しておいてちょうだい」
「え、母さんそれってどういうこと」
と少しリリアさんが不満そうな声をあげる。
「あぁ貴女が未熟とかではなくてね、体のリミッターを外すっていうのはヌーリエ様への祈祷に置いて行うことなのよ。あれは自然治癒力部分に限定して外しているのだけれども、イネさんのそれは全てに置いて外していたように見えたから……外し続けるのは流石に私は止めるわね」
つまりはそれが常態化しちゃうことに対しての危惧かな。
体が休まる時がなくなるからかなり大変なことになりそうだし、イネちゃんとしてもぐっすり眠ることができなくなりそうだからササヤさんの言うとおりにしておこう。
「ともあれ先ほどのような緊急時は仕方ないから、いっそ開き直って全力をだしたほうがいいわ。私の訓練を受けるまで今後同じようなことが起きた場合は、できるだけ短い時間で事を終わらせたほうが体への負担を軽くできるのだからね」
さらっと無茶ぶりされた気がするのは気のせいだろうか。
超人の尺度は常人には厳しいとイネちゃんは思うのです。
「それができるのは母さんと姉ちゃんたちくらいだから。イネさん大丈夫?」
あぁ、なんだかリリアさんの常識人っぷりに癒される。
「んーこれと言って痛む場所も無い……かな。今回は結構短い時間だったからそれほどでもなかったのかな」
「油断しないほうがいいわよ、むしろ何もないほうが後で一気に来て大変になるのだから」
まるで筋肉痛のようですね。いや、実際に筋肉痛なのかな?
「母さんも怖がらせないの!」
「むしろ怖がったほうがいいわよ、本来の実力以上の力を出せるなんていうのは直接的にしろ間接的にしろ何かしらリスクが伴うものよ、現に今貴女が治療した冒険者は全員こちらに来ないでしょうに」
間接的ってそういう。
確かに理解できないものって人は畏敬の念を持つものね、その言い方ならなんとなくわかる。
「そうだね、急に動きが変わって、相手の姿を確認すらせずに倒せる人は普通ならこわいもんね。そういうことならイネちゃんでもわかる」
「私はむしろ母さんのことを怖がっているんじゃないかと思うんだけど……」
うん、リリアさん今それを言ってはいけないことだと思うよ。確かに一番理解しちゃいけないレベルのことやらかしたのはササヤさんだけども。
とそれを聞いたササヤさんは溜息を1つついてから。
「まったく、私もまったく気にしないわけではないのにこの子は……」
でも微妙に口元が笑っている辺り、別に怒っていはいないんだね。さすがは親子といったところなんだろうか。
「さて、ここからが本題なのだけれど」
「イネちゃんのアレのことは本題じゃなかったんだね」
「それはここに来たときに見えたから取り急ぎね」
それはご迷惑をおかけしてしまったようで……ごめんね?
「あちらの世界との連絡ができたから、すぐに来れる傭兵や冒険者をやっていたことのある人が数人援軍として来ることになったわ、ゴブリン災害については一番近いゲートから行ける国には理解されているから、場合によっては軍隊の出動も検討するそうよ」
え、自衛隊出動が検討されてるってそれギャグ?
「何信じられないって顔しているのよ……主にイネさんの関係者が原因だっていうのに」
もしかしてムツキお父さんのことかな、現役だし。
「元居た職場の上司の弱みを使って部隊派遣を検討させるとか言い出したそうよ」
ボブお父さんとルースお父さん何やってんの!?
流石に在日米軍海兵隊はダメでしょ、いやいくら弱み使っても派遣までいかないだろうけどワンチャン出てきそうでこわい!
「まぁ、軍隊までは出てこないでしょうし、イネさんとリリアは怪我人を連れて一度ギルドに戻って頂戴。ここの確保は私がしておくから」
「父さんたちは?」
「教会のほうはあの人がヌーカベを全頭動員して守りの姿勢を取ったから大丈夫」
「オオルが少し心配だけど、わかった。それなら父さんは心配無いもんね」
今の会話だとオオルさんが少し可哀想になってきた。
まぁこっちに帰ってきた直後にササヤさんがギュッと抱きしめていたから、愛されているんだろうけども……今の状況だと仕方ないのかな。
「じゃあイネさん、ここは母さんに任せてギルドに戻ろう。……と、冒険者の人たちを忘れるところだった」
そこは忘れちゃダメだと思うよ、うん。
そんなわけでイネちゃんたちは自力で動ける人は歩いてもらって、動けない人はイネちゃんとリリアさんが背負ってギルドまで移動したのだけれども、その時に背負っていた冒険者さんが。
「あ、あっちの子のほうが……」
と言って来たので一度手を滑らせて落としておいたのはここだけのお話である。
そしてギルドのドアを開けたと、ほぼ同時に……。
「大丈夫だったかイネェェェェェ!」
とルースお父さんが飛びついてきたので背負っていた冒険者さんで防御した。これに関しては冒険者さん、ごめんね?
「ん、なんだかゴツく……ゴツ……っててめぇ誰だよ!」
「広場の確保の第一陣の人だよ、ルースお父さん」
冒険者さんのことを叩きそうになったので、とりあえず声かけだけはしておいた。
「な、なんだ。そういうことか。イネ、重いだろうから変わるぞ」
ただでさえぷにぷにしているリリアさんをご所望した冒険者さんだから、嫌がりそうだなぁと思うけど。
「え、おっさんは……」
ほらね、やっぱり嫌がった。まぁ絶賛今抱きつかれたし、残念だけど当然だよね。
「ちっ、まぁ軽口叩けるんだったら大丈夫だろ、自分で歩け」
「いや、やられたのは足なんでな……」
「じゃあ這えばいいだろ!」
うん、この無茶ぶり。
イネちゃんも訓練始めたばかりの時はやられた、懐かしいなぁ。まぁその後全力でお菓子買ってあげるからとか色々言ってきた辺りは相当甘かったんだろうなと思うけどね。
「ルースさん、怪我人に鞭を打つのはご遠慮ください」
「け、ケイティさん。いやぁ不届きにもイネの背中を占有していやがったもんでつい」
「まったく、とりあえずその方は私が引き継ぎますので、ここに来た目的をしっかり果たしてください」
え、ルースお父さんは戦わないの?
そういえば傭兵として活動するときには相棒とまで言ってるM4ライフル持ってないのは確かに気になってはいたけど……。
「あぁそうだった、イネ、ほぉれ」
とルースお父さんは1丁の銃を投げてきた。
「あぶ、危ない!」
ケイティお姉さんに冒険者さんを任せて、少し脱力していたところに投げられたそれを、一度落としそうになりながらもしっかりと掴む。
ぱっと見た感じちょっとわかりにくくって、イネちゃんがんーって銃を眺めているとルースお父さんが説明を始める。
「確保するのにちょいと苦労したがな、改良試験型のXM25だ。最新鋭だから割と入手経路が特殊になっちまったが……運用データを提出することで協力させてきた」
あぁ、弱み使ってこれを引っ張ってきたんだね……。
でもこれってなんだったっけ、イネちゃん地味に最新鋭のは知識少ないんだよね。一時期ボブお父さんが持っていた銃の名前がこれだった気もするけど。
「IAWS、まぁ簡単に言えばレーザーを利用して弾の起爆位置を調整できるエアバースト系の銃だ。目標の前後3mくらいの範囲で設定が可能になってる」
「ルースお父さんがしっかりとした説明を!?」
「いや、確かに俺たちの中では一番この手の説明はしていなかったがな、この程度の知識は持ってないとお勤めなんざできないからな?」
なんだかんだで元海兵なんだなぁ……イネちゃんは今しみじみそう思っているよルースお父さん。
ん、でもちょっと待てよ。
「で、弾は。これって専用の弾が必要でしょう?」
この質問にルースお父さんはバツが悪そうな感じに自分の顎を指でトントンして。
「……忘れた。で、でもこのあとボブが持ってくる予定だから安心してくれ!」
それは結局のところ、鉄の塊を持ってきただけというのではないだろうか。
いや、形状と重さ敵に銃床で殴れば優秀な鈍器になりそうだけど、それならスパスでいいんだよね。
「はぁ、とにもかくにもイネちゃんの補給はボブお父さん待ちってことだね、どうせその時にM4ライフルも持ってきてもらう予定になってるんでしょ」
「流石俺たちの娘だ、察しがいい」
これは褒められてる気がしないなぁ。
「なんというか、色々すごいお父さんだね……」
「あ、リリアさん。ちょっと頼りないところもあるけどね、今みたいに」
とリリアさんが会話の途切れたタイミングを見計らって混ざってくると。
「お嬢さん、素敵なスタイルですね」
ルースお父さんがセクハラをし始めたので、早速XM25の銃床で軽くお腹を殴っておいた。
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