第44話 イネちゃんと防衛戦

「飛ぶわ、本当に舌を噛まないように歯を食いしばっていなさい」

 そう言ってササヤさんは凄まじい勢いで跳躍した。

 それはもう、人間というカテゴリでは無理だと思うほどの速度と高さで、街道脇の森から町の中央部に位置する教会の広場に着地した。5kmくらいあったと思うんだけど……。

 そしてイネちゃんを降ろすとすぐに教会に向かって歩き……。

「状況はどうなっているの!あなた!リリア、オオル!」

 と屋内に向かって叫んだけど、町の南のほうからヌーカベに乗ってタタラさんとリリアさんが戻ってくるのがイネちゃんには見えてるんだよね。

「オオル!父さんとリリアは!?」

 あぁでも教会の中にも1人いたんだね、でもご飯をご馳走になったときに見た記憶も名前を聞いた記憶もないんだけど……ササヤさんの態度からすると息子さんなのかな。

「君は……そうか、ササヤが戻ってきたか」

「えっと、タタラさん。とりあえずあの煙って……」

「ゴブリンだ、数匹だったが外壁がまだ作られていないところから入り込んだらしく、ギルドと協力して町の中を全捜索していた……いや、まだ冒険者が下水を捜索していところだが、とりあえず地上に入り込んだのは駆除が終わった」

「あなた!」

 と会話中にササヤさんが、ヌーカベの上に跨っているタタラさんに抱きついた。

 ヌーカベが結構な高さで、ササヤさんも勢いよく抱きついたのにタタラさん、微動だにしなかったよ、……すごい夫婦だ。

「えっと、それでゴブリンは……」

 そんな夫婦には悪い気はするけど、私はそっちが気になる。

「駆除はした。だが巣の滅却はする必要があるし、被害の規模も調査中……冒険者を中心に隊を編成する手はずだから、ギルドに行ってみるのが良いだろう」

「あぁリリア、イネさんについて行ってあげなさい。私も後で行くから」

 と、ササヤさんがそんなことを言う。

 ココロさんたちもちょくちょく言ってたけど、ササヤさんはタタラさん大好きっていうのが本当よくわかるね。ちょっとラブラブすぎる気はするけど。

 と、イネちゃんが見ているほうが恥ずかしくなるくらいのラブラブっぷりを眺めていたら。

「そう……だね、うんわかった。イネさん、よろしく」

「よろしく……だけどリリアさん、今の微妙な間は一体なんだったのかな」

 『そう』と『だね』の間が結構空いてたのがイネちゃん気になるかなって。

「あぁ、うん。ちょっと悪いとは思ったけど、少しイネさんの精神状態を視てたから……ごめん」

「精神状態を見るって……あぁサキュバス云々のアレなのかな」

 ご飯をご馳走してもらったときもだけど、こっちに戻る最中ササヤさんに少し聞いてたからそこまで驚きはしないけど、見られている対象って特別何かあるってわけじゃないんだね。

「私はまだ修業中なんだけど、母さんが私について行けって言った理由は多分精神面での補助って意味だろうし、私もその辺しか満足にできることがないからね」

 え、それギャグで言ってるのだろうか。

 リリアさんは家事とか全部できる人とか言ってた気がするんだけど……女の子最強スキルが高いのにそれを言われると、イネちゃんちょっと悲しくなる。

「戦闘ができないってことだから、ね?」

 読心術とかそういうレベルでは無かった。

「もしかして、読もうと思ったら思考とか全部……?」

「うん、わかる。意識して読もうと思わなければ読めないけど、今意識してイネの精神を覗いていたから……」

 読んじゃったってことだね、割と不可抗力っぽいしイネちゃんとしては問題ないけど。

「とりあえず母さんの言うとおりにギルドに行こう、被害の規模がわからないと教会のほうも動きようがないし、イネさんも巣の滅却作戦に参加するなら行かないとでしょ」

「確かに、私はそれが目的でササヤさんと帰ってきたんだから……じゃあ行こうか」

 私の言葉にリリアさんが少し表情をこわばらせた気がするけど、今は気にせずギルドに向かって足を向けた。

「今もうひとりの叫びが聞こえた気がするんだけど……狂気に似た歓喜の声が……」

 リリアさんが何か呟いた気がするけど、イネちゃんは気づかなかった。

「イネちゃん!もう戻ってきたの!?」

 ギルドに到着したイネちゃんにケイティお姉さんがギューっとしてきた。されるのはいいけど、ちょっと苦しいのはそろそろわかってほしいと思ったりするなー。

「ケイティさん、ゴブリン襲撃による被害の概算って出ましたか?」

「あぁリリアさん、傭兵の人は数が少なくって、冒険者の人はそこそこの人数がヴェルニアの街の復興に出発した直後だったもので、人手不足が原因でまだまとまっていないの、ごめんなさい」

「じゃあタタラさんの言ってたとおり町の中に入ってきたのは……」

「えぇただ私たちが確認したものは、と但し書きがつくけれど」

 うーん、それだともしかしたらイーアの村の方に様子見とかいた可能性とか、下水とかで移動していたのとか居た場合、逃げてる可能性はあるのかな。

「じゃあ今イーアの村も?」

「えぇ、廃……空家ばかりだから、ゴブリンが隠れている可能性は比較的高いから捜索しているわ」

 う、今のはちょっと気を使わせちゃったかな。気を使われるのは仕方ないのだけれども、こういう時にも使う必要はないのになぁ。

「け、ケイティさん!」

 とそこにギルドに軽鎧を着ている男の人が飛び込んできた。

「ゴ、ゴブリンの、第二波だ!」

「ゴブリンの捜索をしている人たちに伝令、戻る余裕は無いと思われるので各員近くの傭兵、冒険者同士で連携をとりつつ対応を。ギルドの連絡員はヌーリエ教会に通達して農地はヌーカベによる防壁対応をお願いします!」

 今の第二波って聞いただけでケイティお姉さんすごい、指示がささっと出て来るのはマニュアル化してあるのか、ケイティお姉さんの実力なのか。

「は、はい!」

 と男の人もケイティお姉さんの指示を聞いてすぐ伝令に走れる辺り、訓練されてる感じだなぁ。

「それで、私たちはどうすれば」

 これはリリアさん。

「ササヤさんからもらった連絡では、お二人は待機……なのですが状況が状況ですね、中央広場防衛をお願いできないでしょうか」

「了解だよ、ただ1つお願いしてもいいかな、ケイティお姉さん」

「なに?」

「検問所に連絡入れておいてくれないかな、イネちゃんの武器弾薬、キャリーさんのお手伝いでそれなりに減っているから、ゴブリンの巣に殴り込みするには少し心もとなくなってるから」

 補給はしっかりとしないとね、最悪装備がナイフだけとかになりかねないし。

 これも装備は現地調達ができないのが悪いのだ、質のいい火薬も中々ないから本当こまめな補給が重要になるんだよね。

「分かりました、連絡を入れておきます……ですが今は」

「うん、教会が先だよね、わかってる。じゃあ行ってきます!」

 そう言ってギルドから外に躍り出ると、いろんなところから金属音や打撲音、時折爆発音も聞こえてくる。

「もう始まってる!?イネさん、急ごう!」

「リリアさんは戦えるの?」

 先行しようとしていたリリアさんに、イネちゃんはその質問で一旦足を止めさせる。戦えない人が先行するのはリスクすぎるからね。

「物理的には、無理かな……」

「物理的には?」

 魔法が使えるってことかな、でもそれなら詠唱とかに時間かかるだろうし、やっぱり先行させるのは無理だよね。

「私は祖母ちゃんから受け継いだものが、母さんよりも強く使えるから、奇襲されそうならイネさんに知らせるよ。だから私が先行する形のほうがいい」

「いや、それて魔法なんだったら詠唱とか……」

「私が使える魔法は、精神魔法だからそのへんはいらない。まぁ普通に人とかには、基本的に抵抗や耐性があって向かないんだけど、ゴブリン相手なら有効だからね」

 精神魔法ってなんかすごそう。

 でもリリアさんの説明的には普通は使えない魔法に分類されちゃうのかな。

「と、ストップ。広場にもう何匹か入り込んだっぽい」

 リリアさんの制止を受けて足を止めてから、近くにあった植え込みに身を隠す。けども……。

「ごめん、私、図体でかくて……」

 リリアさん、身長が180超えてる感じだもんね、そこは仕方ない。ちょっと胸のものも尋常じゃない大きさだけど、イネちゃんは受け入れるよ、うん。

 ともあれなんとかなっているので今は気にしないことにしつつも、手鏡を使って広場の状況を確認する。

「戦闘中が2、傭兵、または冒険者と思われる2個集団がゴブリンの群れと交戦中……ゴブリンは20匹くらいかな」

「人の感じは5人くらいだから、分が悪いって話しじゃないと思うけど……」

「このままだとすぐに負けるね。でもイネちゃんの今の装備だと……」

 P90でフルオートしながら突っ込んで、リロードしながら次のムーブを考えるかなぁ。でもその動きならスパスでバードショット辺りばら撒きながらのほうがいいのかも。

 問題は位置関係、ゴブリンと戦っている人たちは丁度私たちと対角線上に居るから、下手にばらまく武装だと思いっきり流れ弾があたる構図になってる。

「んー、うまいこと横をつけないかな……」

「え、今背後をとっているのに、なんで?」

 うん、リリアさんのその疑問は至極最もなんだけど、イネちゃんの武器の特性上その先に味方がいるとダメなんだ。

「私の武器は直線上……物によっては円錐状に広がるタイプでね、対角線……反対側に味方がいると流れ弾が当たっちゃうんだ」

「……よくわからないけど、とにかく向こうにいる人とゴブリンの位置関係が変わればいい?」

「ん、それができれば確かに問題はなくなるし、私が突撃することもできるようになるけど……」

「わかった、ちょっと任せて」

 リリアさんがそう言うと、蒼い瞳が真っ赤になって、その視線の先に居たゴブリンが味方であるはずの、他のゴブリンを攻撃し始めた。

「母さんに散々叩き込まれてるけど……ごめん、私の魔力制御だと後2・3匹が限界だと思う」

 いや、1匹だけでも割と大きな混乱になった、これなら大丈夫。

「うん、大丈夫。これなら行けると思う……でもリリアさんも後ろに注意ね、ゴブリンはどこから来てもおかしくないから」

「イネが飛び出したタイミングで、周囲警戒に切り替える。神官修行だけじゃなくってこっちの修行ももっと頑張っておけばよかった……」

 もっとお手伝いできればっていう後悔なんだろうけど、今はその後悔はよこに置いておいてね。

 精神魔法の威力を目の当たりにした以上、リリアさんは自分の身を守ることに専念すれば大丈夫だと思うので、私は目の前の、滅却すべきゴブリンに向かってバードショットを装填したスパスの引き金を引きながら、広場に躍り出たのだった。

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