第33話 イネちゃんと出発

「というわけで、今から出発だけど忘れ物はないかな」

 結局一晩ギルドと、要警護の2人は勇者様たちと教会で寝泊りした後、ギルドの前に集合したところでヨシュアさんがギルドから購入した馬車の前で皆に確認をする。というか今まで馬車なかったよね、即金で変える金額じゃないよね。

 ヨシュアさんのチートっぷりを改めて認識しつつ、手持ちの装備を改めて確認する。

 イネちゃんの装備はP90にファイブセブンさんと各種グレネードが5個づつ、それと昨日追加したスパスが手持ちで、馬車の中にM24とXM109。弾薬ケースも馬車の中に置いてあるし、お薬も馬車の中だから本格的にイネちゃんは歩く武器庫っぽい感じになってる。あ、サバイバルナイフもちゃんと左胸辺りにホールドしてあるよ。

「大丈夫、重いものは全部馬車に入れたのを3回は確認したし、手持ち装備も今もう一度確認したから」

「こっちも大丈夫、ウルシィとキャリーは?」

 イネちゃんとミミルさんは大丈夫、ミミルさんが聞いた2人も首を縦に振ってるから大丈夫なんだと思う。

「冒険者組は大丈夫かな、私たちは食料さえあれば十分だからいつでもいいよー」

 ヒヒノさんがそんなことを言う。そういえばココロさんって武器とかどうしてるんだろう、結局昨日のボブお父さんの訓練も受けずに見ているだけだったんだよね。

 まぁ勇者様が同行している間に戦闘することもあるだろうから、その時わかるか。

「皆大丈夫なようだね、じゃあ乗り込んで出発しようか」

 ヨシュアさんの号令で皆が乗り込もうとしたとき、ギルドからケイティお姉さんが出てきて……。

「オーサ領のギルドには連絡済みです、あちらに到着した際には一度立ち寄ってください」

「わかっています、オーサ領は可能な限り教会の手を借りない方針で、教会がありませんからね。私たちもギルドを頼りにしますので、人事異動が行われていなければ知った顔もいると思いますので……」

 業務連絡だったね。そしてココロさんは一度行ったことがあるんだ。

「残念ながらヴェルニア領に関しては貴族のいざこざで難癖をつけられないように人が入れ替わっています、末妹のミルノさんの領外への脱出はギルド経由だったので……」

 うわ、政治的なめんどくささっぽい。

 イネちゃんはそのへん考えたくないし、考えられないので他のできる人に任せます!多分ヨシュアさんとキャリーさんになるだろうけど!

「そうですか、仕方ないですね、ギルドも活動ができなくなるという事態になるよりは前任者がやったことで白を切れる手段を取るのもわかりますし」

「それとミルノさんを逃がした冒険者ですが、記録を調べたところ特別不審な点はありませんでした。登録証における情報魔法の解析まで行ったので彼らの潔白はギルド側が保証いたします」

 そういえばそんなこと聞くって言ってた。イネちゃんすっかり忘れてたよ。

 それにしても冒険者じゃない、かぁ……。

「え、何?」

 ジャクリーンさんによるキャリーさん誘拐事案を考えると、それもありえるのかな。魔法探知を常に巡らせるのって難しそうだし、あっちの世界の技術でも電力無しだとちょっと厳しいからね。

 それこそ鳴子みたいな警報トラップになっていくけど、ジャクリーンさんのあの時の動きを考えたらそのへんも意味なさそうだし。

「ちょっと、本当になんなの!」

 ジャクリーンさんを見ながら考えてたら、当の本人がイネちゃんの肩を掴んで体を揺らしてきた。

「何でもないよー、うん、本当になんでもないよー」

「それじゃあ、出発しますよ」

 イネちゃんがジャクリーンさんとじゃれている間にお話が終わったらしく、ココロさんの合図と共にお馬さんに鞭が入った。ぱしん!

 鞭を入れられたお馬さんがゆっくりと歩き出すと、幌馬車の後ろのほうからケイティお姉さんが手を振って見送ってくれているのが見える。

「いってきまーす」

 イネちゃんは後ろから顔を出して手を振り返す。ケイティお姉さんはすごく心配そうな顔をしているのが見えたけど、イネちゃんが手を振っているのを見て心配は残るものの笑顔を見せてくれた。心の中でもいってきまーすっと。

 ケイティお姉さんが見えなくなったところで馬車の中に戻ると、皆各々黙って座っていた。

「……なんだか静かだね」

「だって、キャリーの故郷についたら、多分人と……」

 あぁ人と戦うことに関してテンション下がってたのか。

「野盗とかと戦ったりはしなかったの?」

 イネちゃんと出会う前、あの町にたどり着くまでに何かありそうなものだけど。

「奴隷商人とのいざこざはあったけど、ヨシュアがなんとかしてくれたから……」

「お金で?」

 ミミルさんの言葉を聞いて、ヨシュアさんを見ながらイネちゃんは直球で聞く。だって奴隷商人相手に穏便ってそれくらいしか思いつかないし……。

「まぁ、お金だね。幸い僕には余裕があったから」

 こっちの世界は奴隷売買含めての経済圏だもんなぁ、そこを考えるとヨシュアさんの対応は正しい。転生直後だったかもなのによく対応できたもんだねぇ。間違っても口に出して言えないけど。

「イネはその……奴隷っていうものに対してどう思っているの?」

 ミミルさんが恐る恐るって感じにイネちゃんに聞いてくる。そういえば自己紹介の時にサラッと流したけど、皆一度奴隷商人に捕まりそうになってたんだっけか。

「あっちの世界ではそういうのが忌諱されてるのは確かだけど、こっちの世界なら制度としてはまだ残るんじゃないかなぁ。イネちゃん個人の考えだと別にそのへんの身分で云々っていうのはないよ、キャリーさんの経歴を考えれば貴族さんだって何時そっちに落ちるのかわからない世の中だしねぇ」

「お姉ちゃん……奴隷に……」

 あ、ミルノちゃんがキャリーさんに近づいてそう言いながら寄り添った。

 キャリーさんはそんなミルノちゃんを抱きかかえる形で。

「大丈夫、その前にヨシュア様に救われたから……」

 姉妹の世界に入ってしまった。

 イネちゃんには推し量ることができないものがあるだろうから姉妹の世界に入るのはいいけど、今の会話の流れでは少し気まずい。

「ヌーリエ教会でも今すぐに奴隷階級とかを無くそうって動きはないからねぇ、無くそうっていう動き自体はあるけど、流石に急に無くしますっていうのは今の社会構造的に不可能だから、すこーしづつなくしていこうかって話は出てるね」

 ヒヒノさん、もうちょっと内容をまとめてから入ってきて。気まずさの中では助かったけど。

「イネが暮らしていたあっちの世界は奴隷が居ないのね……」

「完全に。ってわけじゃないとは思うけど、イネちゃんが知っている範囲ではそうだね。ボブお父さんとルースお父さんの国では昔、奴隷解放戦争とかあったらしいから少なくとも大多数の国では禁止になってるかな」

 そこまで詳しいことは、イネちゃん勉強してないからなぁ。

 お父さんたち、なんだかんだでイネちゃんがこっちの世界に戻れるように色々気を遣ってくれてたみたいだけど、としてはもっとお勉強もしたかったかな。

「そういえば、イネさんの勉学はどのような形で?」

 あ、気を持ち直したのか今度はキャリーさんが質問してきた。

「んーボブお父さんの国では珍しくはない形なんだけど、ハウススクールっていう家庭教師っぽい感じのを受けてたかなぁ」

 イネちゃんの場合、こっちとあっちで立場が複雑な上に、こっちの世界の孤児があっちの世界で保護するための1つのテストケース扱いみたいだったしで、結構ガチガチに制限があったらしいんだよね。だからそういう形でしかお勉強できなかったっていう。

「それもですが、こちらの世界の……」

 あ、そういうことか。

 職員さんはまだしも、お父さんたちと会話ができてたことを考えればある程度分かりそうなものだけど、読み書きまではって思うよね。

「お父さんたちと会話できてたからある程度わかるとは思うけど、実のところこっちの世界とあっちの世界、特にイネちゃんが暮らしていた国の言語って会話だけじゃなくて読み書きもほぼ同じだよ。違うのは物事の単位の呼び方かな、距離とか重さとか。面白いのは時間で、呼び方が違うだけで周期がほぼ一緒なんだよね、こっちの世界のほうが少し簡単だけど」

 こっちの世界はうるう年やうるう秒がないんだよね、周期がずれることなく完全に同じだって10年の間の観測でわかったって言ってあっちの世界で驚かれてたっけ。

「あぁそれと、イネちゃん……イーアの時もお父さんやお母さんにご本を読んでもらったりしていたし、文字も教えてもらってたから基礎ができてたっていうのはあるかも」

 よくよく考えてみるとご本を買えるくらいにはイーアの家は案外富裕層だったのかもなぁ、紙も羊皮紙じゃなくて植物繊維で作られたやつだったし。

「んーイーアが特別学問の習熟環境が与えられたってこと?」

 今度はジャクリーンさん。今の話し方だと疑問の方向がそっちに行っちゃうかぁ。

「んー確かにイネちゃんは特別な環境ではあったと思うけど、少なくともイネちゃんの暮らしていた国では義務教育って形で誰でも教育を受ける権利っていうのがあったから、最低でも読み書きや暗算ができる人のほうが大多数かな」

 ジャクリーンさんが今の説明で開いた口が塞がらない状態になってる。まぁあの疑問の仕方から考えると、こっちの世界の教育水準を基本とした場合義務教育とか驚くよね。

 特に読み書きや暗算の可否って社会制度に直接影響するからなぁ、特に奴隷制とか敷いてる場合制度そのものが崩壊しかねないし。

 まぁ封建主義でも教育を重要視していたケースもあるらしいけど、江戸時代末期だっけか。

「……本当に異世界には奴隷という制度はなさそうですね、民衆に勉学を義務として行える程なのですから」

 それができるだけの国力の上に、読み書きが可能になっても反乱とかを気にしなくていいっていう2つの意味でキャリーさん言ってそうだなぁ。

「でもトーカ領ってそういう流れになってなかったっけ、こっちの世界に来る直前にちらっと見た情勢でそんな流れがあった気がするんだけど」

「国境付近の町や、ケイティさんの居るような新しめの町でテストしてるみたいだね、ギルドの本拠点があるトーカ領でもまだその程度なんだよ」

 イネちゃんの疑問にヨシュアさんが答えてくれた。

 これまた急激な変化は厳禁って感じだねぇ、実際のところあっちの世界で言うところの中世から近代への推移の途中なんだろうね。民主主義が生まれるまではまだ遠そうだけど。

「ところで奴隷制だの教育問題だのの話題で聞きそびれちゃったけど、オーサ領まではどのくらいかかるのかな」

「オーサ領までなら1日程度ですが、ヴェルニア領に入るには概ね3日くらいですね。早馬なら1日で行けますが、今回は幌馬車ですしそのくらいだと思いますよ」

「じゃあ途中で町とかに寄って食料とか調達するのかな」

 ココロさんの説明に対してイネちゃんが聞いた言葉で少し間ができる。

「国境の町に寄れればよかったけど、今回はどこにも寄る予定はありません。食料等に関しては馬車に積んだ分だけですね。最もヴェルニア領のギルドにたどり着けば何とでもなりますが……」

「今の領主キリー・アニムスの統治を考えると、ちょっと危ないよね。私だったら夜に町に入って隠れるようにするかな」

 ココロさんの言い淀んだ部分の情報ありがとうジャクリーンさん。

 まぁキャリーさんのお話を聞いた感じ、扇動による武力反乱みたいだから治安とかあって無いようなものの気もするし、概ね外れてないんだろうなぁ。

 となるとイネちゃんの主武装は音の関係上不向きかもなぁ、暴徒とかを撃つのはそれほど抵抗は無いけれど、わらわら出てきたら対処しきれないのは必至だからなぁ、サプレッサーとか持って来ればよかった。

「ということは馬車を置いて数人を数班に分けて町に入る形なのかな」

「日中、正面から堂々と入りますよ。勇者を襲う野盗はいるかもしれませんが、衛兵等には存在しないはずですし」

「周知されてればいいね、勇者様の顔や背格好……」

「……流石にそこまで保証は出来ませんが、盟主のオーサから教会へ調査依頼が出されているのは周知のはずですし、アニムスという貴族が多少頭が回ることに期待するということで」

 それはすごい不安だね、ココロさん。

 到着してからドンパチする可能性が高いんだから、道中や到着直前や直後に問題が無いといいなぁ。

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