二章七話

†三月十日午後 学園高等部図書室

侑里は部活用の本を求めて一人で図書館にいた。いや、厳密には読む本は既に決めてあり、見つけてもいる。だが……。

「ふぬぬぬぬぬ……!」

ほんの少しだけ手が届かない位置に本があった。踏み台を持って来れば早いのだが、少し遠い上にやけに重いので煩わしい。それならばと、こうして必死に背伸びしているのだった。

「はい、ユリ。これでしょ?」

侑里の背後から伸びた手が、狙いの本を取って侑里に手渡した。

「ありがと、萌子」


図書室から出て、二人で部室を目指し歩いていると、萌子が口を開いた。

「ユリの従兄いとこさんの部隊、帰れることになったってニュース見たよ。『門』が閉じたのは一週間前だったのに、随分時間かかったね」

「うん。なんか調査団所属のにヤバい神徒が脱走したとかで上を下への大騒ぎだったんだけど、何日も無駄に居座っててもしょうがないから帰って休めってお達しが出たんだって」

「ふぅん……その神徒ってどんな人?そんな凄い人ならニュースにもなりそうなものだけれど」

確かに『青銅の門』を閉じるために神徒を連れて行ったことも、その神徒が脱走してしまったことも、ニュースにはなっていなかった。

「私も気になってコー兄に訊いたら、『機密事項だから教えるわけにはいかない』ってつっぱねられちゃったわ」

「そうなんだ……。どんな人なんだろ。そんな危ない人、近くに来たりしたら困るよね」

萌子のその言葉を聞いて、侑里は首を傾げた。

「ウチの学校なら、案外目立たないんじゃない?」

冗談っぽく言った侑里に、萌子は笑みを浮かべた。



†三月上旬 某所

入国管理局とよく似た建物の中を、香弥とミュズィースの二人は歩いていた。思いつく限りの外見の神徒と人間がごちゃ混ぜになった審査窓口の列には目もくれず、一番端の、業務員専用と書かれた窓口へとまっすぐ向かっていく。

「ただいま」

そう言って、香弥は手帳のようなものを係員に渡した。いかにもパスポートらしい見た目である。

「おかえり、香弥。お兄さんが心配してらしたわよ。アイツがソーニュやネル以外のところに行って一悶着起こさないはずがないって」

「……義兄あにに心配されるようなことは何もしてないわよ。ほら、ミュズィースだってこの通り無傷で連れてきたわよ」

ミュズィースが会釈をすると、女性はにっこりと笑った。女性の手の方はせわしなく動き、手続きを済ませていく。

「初めまして、ミュズィースさん。珊瑚の体だなんて、とても綺麗だわ」

ミュズィースが照れ笑いを浮かべて礼を言ったちょうどその時、女性の前の機械から音が鳴った。

「よし、何も問題なし。ミュズィースさんも香弥も中に入れるわ。これで香弥の仕事はほとんど終わりよね」

「ありがと。まだミュズィースを届けに行く仕事が残ってるけどね」

女性から香弥に手帳が渡される。カヤの顔写真のページで開かれたそこには、咲岡香弥という彼女の名が記されていた。

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