もう拓けてるってだけのこと

 世界は現金だ。

 ランキング下位、『ロートルと小娘』という下馬評だったペアが格上相手に速攻のストレート勝ちを上げると手のひらを返したようにマスコミ各社の収益重視の報道がなされる。


『ベテランと新生の涼風ペア、見事な1勝』


 日本だけでなく、世界のメディアもほぼこのような論旨で報じた。


「わ!」

「どうした」

「英語の中にわたしの写真載ってますよ!」

「そりゃそうだろう。英字新聞なんだから」

「うーん。ワイルド」

「・・・ワールドワイド、って言いたいのか?」

「それ、それです!」


 初戦翌朝の新聞を見ながらホテルのロビーで朝食を取る萱場と日奈。

 褐色の肌をした少女がテーブルに近づいてきた。


 おはよう、という挨拶をした後、少女は日奈に何事かを話した。


「ん? なあに? 迷子?」

「・・・その子、中学生ぐらいだろ。迷子なんかなるか。日奈のサインが欲しいって言ってるぞ」

「え⁈」

「ほら、その紙ナプキンに書いてあげろ」


 紙ナプキンとペンを日奈に差し出す少女。手に取った日奈は数秒考えてから手を動かした。


「ワオ!」


 と言って満面の笑みになる少女。何度もお礼を言い離れていった。


 彼女の手には『佐倉 日奈』と行書体で書かれた美しい文字が踊っていた。


「日奈、すごい達筆だな」

「あれ、言ってませんでしたっけ? わたしのばあちゃん、畑仕事やりながら書道塾もやってて。ばあちゃんの厳しい指導でわたし書道六段ですよ」

「へえ! そりゃすごい!」

「わたしは古風な才女です」


 日奈が萱場にそう自慢していると妙子とゆかりがエレベーターホールからテーブルに歩いてくるところだった。


「日奈ちゃん、おはよう。可愛く撮れてるね」


 妙子も英字新聞の日奈を褒める。

 ゆかりが写真を覗き込んで不思議な顔をしている。


 合流して朝食バイキングを取りながら萱場が全員にスケジュールを確認する。


「今日は全体がまだ一回戦をやってるから俺たちは試合はない。明日は午前に2回戦、夜に3回戦」

「ハードね」

「オリンピックといえども興行だからな。それで次の日が準決勝。一日置いてオリンピック最終日が決勝だ」


 決勝、という言葉を虚構と捉えている人間はこの場にいない。


 萱場は仕事でもバドミントンでも常に最善を尽くすのみ。彼が決勝を現実として捉える理由はシンプルだった。


 妙子は出会った時からのそういう萱場を知り尽くしている。だから彼女の理由もシンプルだった。


 日奈は・・・


「日奈。日奈が金メダルを求める理由はなんだ」


 日奈は目をパチパチさせて萱場と妙子を交互に見つめた。そして答えた。


「求めるも何も、わたしはもう金メダルのルートに乗っかっちゃってるじゃないですか」

「ん?」


 萱場が疑問の声を発するその横で妙子はこくっと頷いていた。


「なんだ妙子。日奈の言った意味が分かるのか?」

「ええ。泰助さんは幸せ者だわ」

「なんだなんだ、どういうことだ?」

「日奈ちゃん、男の人にはわかりにくいみたい。もう少し別の言葉で説明してあげて」

「しょうがないですねえ、タイスケさんは。脳をフル回転させて聞いてくださいね」


 コーチする時の言葉をそっくり返された萱場は心持ち姿勢を正し、耳を傾けた。


「わたしがタイスケさんと初めて出会った聖悟女子の夏練習。その時に金メダル獲ることはもう決まってたんですよ」

「だからそれがどうしてなんだ」

「あなたが金メダルにふさわしい人だからです」

「え」

「タイスケさん。言ったまんまです。聞き返さないでください」

「いや・・・決して弱気になるわけじゃないが、マイク・リーの方が遥かに優れた選手だ。ふさわしさだけで言えば彼の方がそうだろう」

「タイスケさん。わたし、スポーツって単なる競技だと思ってません。タイスケさんは人生そのものが努力の連続でした」

「俺の、人生・・・」

「お父さんの人生も、お母さんの人生も」

「お袋もか」

「はい。タイスケさんは生まれながらご両親の誠実な人生によってアドバンテージを貰ってます。だから努力できるんです。きっと、妙子さんの人生も努力の連続だったと思います」


 言葉では答えず妙子はにこっとする。


「競技者としたらそりゃあタイスケさんよりマイク・リーの方が上です。なんたって世界ランキング1位ですから」

「はは。そのとおりだ」

「でも、そのまんまなら単なる『試合ゲーム』でしかありません。スポーツはあくまでも、『ヒトが楽しむ』ためのものです」

「うん」

「ご両親の人生、妙子さんの人生、ゆかりちゃんの人生、ついでにわたしの華麗なる人生もひっくるめて、総力戦でタイスケさんの金メダル確定です!」

「ありがとうな」

「道は最初っから拓けてて、みんなそこに向かってるってだけです!」


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