佐藤の大自然

「おう、佐藤じゃないか。どうした? こんな時間に。って、なに? おまえ旅行じゃなかったの?」


「いえ、今日はその件でご相談がごさいまして。携帯に連絡させて頂いたのですが、繋がらなかったもので。突然お伺いして申し訳ございません」


「悪い悪い、風呂入ってたからな。おまえ、会社じゃないんだからさ、その堅苦しいのはやめろよ。とりあえず上がるか? 男の独り暮らしだから散らかってるけどよ」


「はい、失礼いたします」


「とりあえずビールでいい?」


「ありがとうございます」


「ま、適当に座ってくれよ。で、相談って何?」


「先日、発注ミスで部長に叱られて落ち込んでる時、先輩は励ましてくれました。あの時は本当にありがとうございました」


「おう、あのことか。まあ、ミスは誰にでもあるんだからあんまり気にすんなよ。真面目すぎんだよ、佐藤はさ」


「で、その際に気分転換に有給を取って旅行に行く旨をご提案頂きました」


「ああ、言ったなぁ。たまには都会を離れてさ、大自然に抱かれて頭を空っぽにするのもいいもんだぜってな。まだ行き先決めてなかったの?」


「はい。それで、僕は有給を取りました。そして大自然に抱かれる旅を計画しようとしたんです。けれどもすぐに壁にぶち当たりました。そもそも『大自然』って何だろうと。どの大きさまでが普通の自然で、どこからが大自然になるのか」


「いや、だからさ、そんなに難しく考えんなよ」


「辞書は大自然を『はかりしれない大きな自然。偉大な自然』と定義づけています。でもどこに行けば『大自然』だよというのは書かれてありません。検索しても出てこないんです」


「そんなもんおまえ、例えば、富士山だとか北海道だとかさ、大自然ぽいところを適当に選べばいいだろ。真面目かよ」


「ええと、ちょっと待ってくださいね。富士山、標高3776m、裾野の広さは最大直径約44キロ、南北約37キロ、東西約39キロで周囲は約153キロ、面積は約1200平方キロ。 山頂の周囲は約3キロ。 一方、体積は約1400立方キロ。測り知れていますね。したがって富士山は『大自然』じゃないんです。測り知れないのが『大自然』なわけですから」


「だからぁ!」


「いや、分かっています。僕も一日中検索して調べたわけですから。この地球上に『測り知れていない』場所などないことは理解しました。もう、宇宙に行くしか無いですが、宇宙に行く現実性が皆無なことくらい分かっているんです」


「いや、そういうことじゃなくて……」


「だから、『測り知れない自然』の方は諦めました。もうひとつの『偉大な自然』の方に

着目したんです」


「面倒くさい奴だなぁ。頭堅すぎるぞ」


「『偉大な』を辞書で調べると『立派な』と出てきます。そこで今度は『立派な』を調べると『偉大な』と出てくる、これでは埒があきません。そもそも、偉大も立派も極めて主観的な言葉だと思いませんか?」


「いや、知らんがな」


「主観的な言葉なんですよ。誰かにとって偉大であっても、それが、僕にとって偉大かどうかは分かりません。丁度、先輩が富士山を偉大な自然だと思っていても、僕にとってはそうでない、といった具合に」


「まあ、そうなのかもね。それで?」


「主観的なものであるならば、僕にとって偉大ものを考えればいい、そう思ったとき真っ先に先輩のことが思い浮かんだんです」


「ん?」


「僕は常々、先輩のことを立派で偉大だと思っておりました」


「いや、待て待て、話が変な方向に行ってるぞ」


「あとは『自然』をクリアするだけです。自然とは何だろう、調べました。『人の手が付いていないもの。天然』と出ました」


「いやいやいや、『クリアするだけ」ってどういう……」


「先輩、そういえば昔、『彼女居ない歴=年齢』っておっしゃっていましたよね」


「まあ、そうだけど、なんなん? この話の流れは……」


「人の手が付いていませんねぇ。それから、先輩のそのナチュラルな髪型、自然体ですよね」


「い、いや、そ、それはおまえ、俺は天パーだか」


「『天然』パーマ、ですか」


「だから、なんなん! おまえさっきから……」


「僕、気づいたんです。僕にとっての『大自然』とは先輩のことなんじゃないかと」


「はあ?」


「先輩こそが『大自然』だったんです」


「ちょ、佐藤、落ちつけよ? 話に無理がありすぎるだろ」


「先輩は『大自然に抱かれて来い』とおっしゃいました」


「ちょ、佐藤? にじり寄ってくんなよ……」


「先輩、入社した当初よりお慕い申し上しておりました。今日は思い切って『旅行』に来たんです!」


「ちょ、佐藤? 近い近いよ、落ちつけよ、俺はほらさ? あれだから、ノーマルだから! ちょ! 佐藤? 待ってくれ! 佐藤?」


「もう一度言います! 先輩こそが僕にとっての『大自然』なんです! だから……先輩……」


「いや、やめて! 佐藤くん? なあ、おれはアレだからって、待ってくれ! そこはまだ、いや、あかんて、佐藤? 佐藤くん?」


「先輩! 抱いて下さい!」


「いやぁぁぁぁ! やめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


「そして僕を空っぽにして下さい!」


「らめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」














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