第146話 課題研究決定1
「ということで、去年の卒業生が行った、課題研究資料の説明を終える。詳しくは各自読め」
ひとしきり、しゃべった藤原先生は、教卓の上のパンフレットを持ち上げた。同じものが三年C科の生徒全員の手にある。
工業高校では、三年になると科ごとに班分けし、『課題研究』を行う。ほぼ一年がかりでテーマに取り組み、最終的に全校生徒の前で発表をしたり、他校と分野ごとに交流や情報交換を行ったりするのだ。
俺は、ぱらりと資料冊子をめくる。化学式や参考文献。細かな文字がびっしりとそこには打ち込まれている。
なんとなく、だが。
見ているだけで、熱量を感じた。じっくり読んだわけじゃないが、文字や統計の合間から、『こんなに楽しいことをしたんだ。読んでくれ』と呼びかけられている気持ちだ。
『だから、お前たちも、一生懸命取り組んでみろ』と。
「じゃあ、課題研究班ごとに一度別れてみよう」
藤原先生の号令の下、俺たちはいっせいに立ち上がった。教室中に、「ごとっ」という椅子の足が床をこする音が響くが、足並みそろえて動くせいで、まるで太鼓が一度だけ鳴ったような感じだった。
「油!」
真後ろで蒲生が声を上げる。振り返ると、手を上げていた。集まれ、ということらしい。じゃあ、移動することも無い。『油班』の俺は再び腰を下ろす。
教室のそこかしこでは、「糖度!」「残留濃度!」「ガラス!」「ポリマー!」と声が上がり、手を振る生徒が見える。特に、班長は決めていないが、声を上げた奴がきっとリーダーシップをとるんだろうな、となんとなく思った。
「なんだ、結局、昼めし食ってるメンバーじゃないか」
苦笑交じりの声に顔を向けると、茶道部と軽音楽部が立っている。
「四人か?」
俺が蒲生に尋ねると、「らしいね」と教室を見回して奴は頷く。
グループ化した生徒たちは、適当にイスを集めて座り始めているようだ。
見た感じ、『残留濃度』と『糖度』のグループが多い。最少人数は『油』のようだった。
「『糖度』と『残留濃度』は、人がいないとできないからな」
軽音楽部が手近なイスを引き寄せ、座る。茶道部は自分のイスをわざわざ持ってきたらしい。蒲生の隣に置くと、片頬を釣るようにして笑う。
「結局、野菜作りと稲刈りだろ? おれはいやだ」
茶道部の言葉に、俺は肩を竦める。
『糖度』とは、化学肥料の配合を変えることにより、植物の糖度がどれぐらい変化するか、という課題に取り組む班のことだ。
そして、『残留』は、まず、土中の成分を調べ、その後近隣小学校児童と稲作をする。最終的に稲を収穫し、その可食部分にどれだけ土中の成分が含まれているかを調べる班のことだ。
二班とも、やりがい以上に、人手がいる。田や畑を掘り起こしたり、他校との交流、植物にまつわるボランティアとのやり取りなど、課題研究以外のところで労力が使われる。
「ぼくは、ポリマーに行きたかったんだよなぁ」
口をとがらせるようにして言うのは、軽音楽部だ。腕を組み、残念そうに息を吐いた。
「あそこは企業と直結してるからね。成績上位者しかいけないでしょ」
蒲生が暗に「お前は無理だ」と言い放って、軽音楽部が剣呑な目で睨んでいる。
課題研究の班分けは、アンケートをもとに、教員が振り分ける。
将来希望する職種や就職希望先などを考慮して、一応「平等」に組まれている。はずだ。
ただ、軽音楽部のように、いくら希望していても、学力が足りないと、第二希望、第三希望の班に組み込まれる。もう、それは仕方ない。
「織田が『油』に来るとはおもわなかったな」
蒲生と軽音楽部の軽い諍いを断ち切るように、茶道部が話を振ってくる。目が合うと、にやりと笑われた。
「人数の多い班で、適当にのんべんだらり、と過ごすか、学年トップの班に行って、班員を潰すのかと思ってた」
俺をなんだとおもってるんだ、こいつは。
「いや、でも。織田が来てくれてよかったよ! 課題研究の幅が広がるしね」
蒲生が華やいだ声を上げたとき、藤原先生が手を三度打ち鳴らした。
「それじゃあ、今から授業が終わるまで、まずテーマを大まかに決めろ。決めた班は、先生に報告」
声を揃えて、「はい」と返事をしたあと、教室の中は生徒たちの声で充満する。
「去年の卒業生は、『藻』から採ったんだろ?」
茶道部が、背中側に挿していたらしい冊子を取り出し、ぱらぱらとめくった。
「ぼくたちもそうする?」
めんどくさそうに軽音楽部がそう言う。途端に、蒲生が「いやだ」と首を横に振ったから、ちょっと意外だ。てっきり同意するものだとおもっていた。
「ビオトープ使えば簡単じゃないか」
俺が声をかけると、蒲生は途端に眉根を寄せる。
「それが問題なんだよっ! 去年の先輩たち、結局、それで生態系を無茶苦茶にしてくれてさっ!」
俺たちの『油班』の課題は、簡単に言えば「植物から油をとる」ということだ。
去年の先輩たちは、藻から油をとることにしたらしい。
実際まだじっくり読んでいないが、ビオトープに藻を放し、育成スピードと油の抽出量を計測したようだが。
「藻が異常繁殖したんだっ」
蒲生が怒鳴る。茶道部が目を見開いた。
「いいことじゃないか」
「いいことあるもんかっ! こっちはカワニナを育成してるんだぞっ」
がなり立てる蒲生に、今度は俺が驚く。
「なんでカワニナをビオトープに放してるんだっ! あれ、化学同好会の水槽で育ててたろう!?」
「水槽のやつは、ポンコツが、全滅させたんだって!」
蒲生が机に突っ伏して悔しそうに呻いた。
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