ー 2月 今川side ー

第132話 小学生向け「わくわく科学実験教室」1

 溜息ついて私は膝の上に乗せた段ボールを見つめる。

 べこべこにへこみ、角まで取れてしまっていた。


 ふと、視線を感じて顔を上げると、向かいでは、同じようにパイプ椅子に座って段ボールを膝に乗せた凛世りんぜい君が私を見ている。


「大丈夫? 先輩」

 長い睫を細かく震わせ、凛世君が私にそっと声をかけるから、慌てて私は背を伸ばした。後輩に心配されるなんて。こんなことではダメだ。


「大丈夫、大丈夫! こんなこともあろうかと、予備は一杯持ってきたからね」

 私は頬に力を入れて笑ってみせる。ついでにサムズアップしたけれど、凛世君はぎこちない笑みを私に返して見せた。


 ……強がりって、わかったかな……。


「直して使う? それとも、新しく作ろうか」

 凛世君は形の良い眉をハの字に下げて私に尋ねる。もちろん、段ボールのことだろう。「そうだね」。呟いたものの、続いてでたのは、指示ではなく、うめき声だ。


 私はブースとして与えられたテント奥を眺める。


 芝生にブルーシートを敷いただけの空間には、凹んで歪んだ段ボールが6つ、転がっていた。


 いずれも、片面に穴を開けた段ボール。大小様々なものを取り揃えてみた。

 凛世君といろいろ実験してみた結果、「これだ」と思う八種類を厳選した、というのに。


 ちらり、と凜世君を見る。


 女の子みたいな綺麗な容姿をした男の子。

 後輩としてやってきた部員の中で、唯一ちゃんと部活動に参加し続けてくれた子だ。よく見ればものすごい美少年なんだけど、いつも俯きがちに歩いているし、口数も少ないから、私も入部当初はなんとも思わなかった。


 だけど、一緒に実験やレポート、文化祭なんかを過ごしてみたら、「……あれ。この子、女の子より綺麗だな」と思うこともしばしば。ただ、そのことを本人は隠したいようなので、あえて何も言わないんだけど。


「どうする?」

 ぼんやり見つめたら、そう言って首を傾げられた。うう。どうしよう。今から、作り直す? それとも、コレ、直す?


 私が先輩としてちゃんと決断しなきゃいけないのに、どっちがいいのかわからなくて、唇を噛む。


「やだ、流花るか! もう参加者が入ってきちゃうよ!? 他のテント、風船とかで飾り付けてんのに、ここはなにもないの!?」


 唐突に、甲高い声が聞こえて、私は思わず立ち上がった。ぼとり、と膝から段ボールが落ちて、さらに、くしゃる。


「準備できてるの!? これっ」

 勢いよくテントに入ってきたのは、和奏わかなちゃんだ。手には筒状にしたA4用紙の束を持っているところを見ると、合同打合せ会から帰ってきたのだろう。


「ってか、他の部員は!?」

 和奏ちゃんは制服のスカートを翻し、凛世君に語気鋭く尋ねる。


「チラシを持ってどっか行っちゃった」

 凛世君が肩を竦める。まるで外国人の俳優のようにそれは様になっていた。


「あの、有象無象どもめっ」

 和奏ちゃんは、音を立てそうなほど歯ぎしりをする。腕を組み、ふん、と鼻を一つ鳴らした。ふわり、と呼気が白く煙る。二月だもんなぁ。


「あんたが一年前、生徒会に『新部創設』を願い出たときに、こんなことになるような気がしたのよね」

 和奏ちゃんは、テント外の芝生広場会場を一瞥し、深い息を吐く。「あれだよね」。凛世君が苦い笑いを漏らした。


「有象無象たちの狙い、って……。大学入学共通テストだよね」


「それよ、それ。ってか、あんた。先輩にはせめて、丁寧語をつかいなさい」

 びしり、と和奏ちゃんは凛世君に指導するが、凛世君はちろりと舌を出しただけだ。


 まぁ、私も特に「上級生に敬語を使うように」って言ってないし、他の後輩部員も私に丁寧語、使わないしな……。


「大学入学共通テストが、目的なのかなぁ……」


 私は立ったままぼんやりと、芝生広場を眺める。

 ここからは区切られた場所しか見えないが、学研都市の芝生広場には今、所狭しと白いテントが急造され、白衣や制服を着た生徒達がいろんな準備をしていた。


 二月、という寒さ厳しい時期のせいか、学生服の上からダウンジャケットやコートを着ている生徒も多い。


 みんな、県内にある高校の『化学同好会・クラブ』たちだ。


 五年に一度、教育委員会が音頭を取り、小学生向けの「わくわく科学実験教室」を開催する。実施するのは、各校の『化学同好会・クラブ』。もちろん、そんな部がない学校は参加していない。


 県大付属うちも、私が『化学クラブ』を立ち上げた関係で、声がかかったらしい。

 ほとんどが、「工業高校」「高専」が多い中、普通高のうちは特殊な方だ。

 今まで、「クラブ活動」と言っても、校内の生徒に向けてしかやってこなかった関係で、「対外的な活動が多い」生徒会に手伝ってもらって、今日の本番に向けて準備してきた。


 の、だけど……。

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