第131話 メール返信3

――― だったら、殺す……っ


 即座に決意した私の目の前で。


「……え……」

 流花が、つぶやき、そして固まった。


「流花……」

 咄嗟に呼びかけ、手を伸ばして肩をゆすぶった。


「お姉ちゃんが、殺しに行ってやろうか?」

 口から飛び出した私の言葉は、流花の心を打ったらしい。「な、なに言ってんの、お姉ちゃんっ」と素っ頓狂な声を上げ、その後、スマホに向かって、「ち、違うの。お姉ちゃんがちょっと」と、謝り……。


「うん。わかった。大丈夫」

 と、真っ赤な顔でうなずいた。


「え? お姉ちゃん、殺しに行く方向で検討する?」

 真面目に尋ねたら、ばちり、と太ももを叩かれた。痛いっ。


「私も、頑張る」

 太ももを撫でながら痛みをこらえる私の目の前で、流花は相変わらず真っ赤になったままスマホに声を伝えた。


「だから、こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 はっきり、くっきりと。

 明瞭な発声をした流花に。


 今度は、私が動きを止めた。


「……うん。じゃあ。また」

 顔どころか耳まで赤く染めた流花は、そう締めくくると、そっとスマホを耳から離す。


「……どうなったの」

 声を潜めて流花に尋ねた。


 いや。

 聞くまでもないことは知っている。


 穏やかに緩む目元とか。幸福そうに少し上がった口唇とか。

 大事そうにスマホを握っている様子とか。


 そんなのを見たら。

 なにが、どうなったのか。

 想像はつくのだが。


「どうなのよ」

 私はにやけながら、流花の肩を小突いた。やはり、幸せな報告を、本人の口からききたいではないか。


「な、なんかね」

 流花は片方の手でスマホを握り、片方の手を頬に添え、忙しなく瞳を揺らせて、私を見上げる。


「にゃん、『今年もよろしく』って返信しようと思ったんだけど……。ほら、うちの両親が、その……」

 流花は言いよどみ、さっきまでと打って変わって瞳に影をよぎらせた。


「あんまり……。黒高クロコウとか、にゃんのこと、良く思ってないのは、知ってる、って。だから、どんな内容を送ったらいいかわからなかった、って」


 てっきり、のろけ話が効けると思ったら、ヘビーな内容に私は戸惑う。


「それで?」

 そういえば、冒頭はなんか、暗かったもんな、と私は相槌を打った。


「三年生になったら、黒高って、グループになって研究課題を決めて、実験とか分析とか発表とかするんだって。内容によっては、泊まり込みとかもあったりで大変らしくて……」

 へぇ、と素直に感心した。大学みたいだ。


「その研究課題と同時並行で、就職活動もするんだって。もちろん、私も冬になれば、センター試験があるから、大変だろうし、って……」


「大変だろうし?」

 そこまで聞けば、「もう、終わりにしよう」に続きそうで、再び『やっぱ、殺しとくか』との思いが首をもたげる。


「息抜きとはいえ、映画観に行ったり、どっかにでかけたりしたら、親が心配する気持ちもわかる、って。……なに、お姉ちゃん、怖いよ」


「うん。それで?」


「だから、お互い落ち着くまで、今みたいにメールとか電話しかできないけど」

 流花はそこで、また頬を赤くさせた。


「その……。付き合わないか、って。それでも大丈夫か、って」


「ほう、ほう、ほう、ほう、ほうっ」

 フクロウか、というぐらい私は声を上げ、首を縦に振る。私がにやにや笑うからだろう。流花は、火を噴くんじゃないかとおもうぐらいの顔色で、もごもごと言葉を続ける。


「『うん、わかった。大丈夫』って、返事したら。お互い、良い結果残して、親に心配させないようにしよう、っていうし……」


「それで、『私も頑張る』ねー。へー」

 やだもう。なに、この真面目な二人。


 全然、不純異性交遊って感じじゃないじゃない。このやりとりを、あのバカ親に聞かせてやりたいわよ、ほんと。


 これじゃあ、恋愛、っていうより、青春よ、もう。純粋すぎて、流奈さん、この空気感では生きていけないわ。


 適温なのに、『暑い暑い』と額に浮かんだ汗を指でぬぐい取っていた流花だけど、その手に持っていたスマホが、ぶるぶると震える。


「あ。にゃんだ」

「九時以降は絶対、連絡するな、って返信しなさいよ」

 タップしてメッセージを表示させている流花に、そう注意しながら。


 ちらり、と画面を覗き見る。

 そこには。


『返事が遅れたけど、今年は彼氏として、よろしくお願いします』


 と書いてあった。


 流花は、私の視線を感じたのか、がばり、と胸の前で覆い隠すと、「おやすみっ」と言い放って部屋を飛び出していく。


「おやすみー」

 私の声は、階下から響いてくるお母さんの、「そろそろ九時よ。携帯よこしなさい」という声に霞んだ。


「うん。わかった」

 素直な妹が二階の廊下から返事をしている。


――― 渡すもんですか、って言い返せばいいのに


 ため息つきながら、私はテキストを再度手に取った。


 さてさて。

 反抗期がまだな、かわいい妹の恋路は。

 今後どうなるのやら。





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