第71話 俵持ち上げ競技

「……こんな競技、初めて見た……」

 俺の隣で蒲生が呟く。俺も正直に頷いた。


 俺達は、各クラスに割り振られた、テント内観客席からグランドを眺める。


 そこには。

 俵を持ち上げている毛利先輩と、実習生の先生がいた。


「あの俵、何キロ?」

 俺にそう尋ねる蒲生の顔はもう、真っ赤だ。暑くて真っ赤、というより、日に焼けてそうなってしまっている。


「十五キロだ。先輩がそう言ってた」

 答えたのは、茶道部だ。バタバタと団扇で風を扇ぎながら、目を細めてグランド内を見やりうんざりしたように口をへの字に曲げた。


「よくやるよ。あれ、剣道部の先輩なんだろ?」

 茶道部の言葉に、俺は「毛利先輩」と答える。


 グランドで行われている競技は、『俵持ち上げ競技』。


 各科各学年から代表者を出し、時代劇で見るような米俵を両腕で持ち上げるという、至ってシンプルな競技だ。茶道部の情報が正しいなら、あの俵ひとつが十五キロなのだろう。


 十五キロの俵を、両腕で頭上に掲げ続ける。

 落としたら負け。


 すでに、グランド中央には脱落者の俵が転がり、持ち上げ続けているのは、毛利先輩と飛び入り参加の実習生だけとなっている。


「毛利先輩、去年の勝者らしいからなぁ」 

 俺が呟くと、蒲生は目をまんまるにして「うへぇ」という。


「先輩差し置いて、一年生で優勝? 化け物でしょ」

 確かに、と笑った俺の前で、毛利先輩は挑発するように、俵を持ったままダンスを踊り始める。


「あの実習生の先生もさ、クロコウの卒業生で、俵持ち上げ競技の優勝者らしいぜ」


 茶道部が団扇を扇ぐ手を止めずにそう言う。

 どうりで、と呟く俺の前で、実習生は俵を抱えたまま、トラックコースへと走り始めた。


「おいっ、競争だっ」

 実習生の先生が毛利先輩に告げる。すでに、スタートラインに立っていた。


「その勝負、受けたっ」

 毛利先輩が、俵を持ち上げたまま、スタートラインに並ぶ。


「よーい、どんっ」


 声を掛けたのは、来賓席に居た一佐だった。


 近くの駐屯地から来て、いつも体育を見学していく陸上自衛隊の一佐。


 普段はどうかしらないが、今日は学校から招かれているから、ウロウロできないらしい。大人しく来賓席に座っていたと思ったのだが。とうとうそれも飽きたのか、俵を持ち上げてコースを爆走する二人を背後から追い上げる。


「ぼくたち、何を見せられてるんだろう……」

 蒲生が呟く。俺も正直に「そうだな」と頷いた。

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