第24話 絵本1
「なぁ、お前らさぁ」
声をかけると、昼食の手をとめて皆は一斉に俺を見た。
茶道部は菓子パンにかじりついたまま。蒲生はおにぎりのラップを指でつまんだまま。そして、軽音楽部は飾り切りされたウィンナーを箸でとらえたままだ。
「小さい頃、どんな絵本読んでた?」
「「「はぁ?」」」
声を揃えて不審げに尋ねられた。俺だって突拍子もないことを聞いている自覚はある。だが、どうしても聞いておきたかった。
「俺、姪っ子がいるんだよ」
教室では、俺達のように机を寄せ集めたグループがいくつかできあがっている。北隅では野太い歓声が上がり、ちらりと軽音楽部の目が動く。だが、すぐに興味なさげに息を吐き、ウィンナーを口に放り込んだ。多分、漫研の奴らがサイリウムを持って踊りの練習をしているんだろう。昼休みのいつもの光景だ。
「織田、姪っ子がいるんだ」
蒲生が驚いたように目を丸くする。
くるくるとラップを剥がし、海苔で全体を覆われたまん丸のおにぎりにかぶりついた。蒲生の食は細い。多分、あのおにぎりひとつで腹がふくれる。蒲生の小食ぶりを心配したヤツのお母さんは、いつも昼食に持たせるおにぎりの中に、様々な具を盛り込み、少しでも息子に栄養を取らせようと躍起になっている。
「いる。姉ちゃんの子で今、3歳」
「へぇ」
茶道部がぞんざいな合いの手をいれた。まぁ、ここで「え。まじ。どんな子? 可愛い?」なんて聞かれたら俺はドン引くが。
「姉ちゃんも旦那さんも看護師で……。夜勤とかもしてるから、たまに俺ん家で預かるんだけどさ。遊び方とか興味のある絵本とかが全然昔の俺と違うんだよ」
俺はちくわの磯部揚げを口に放り込み、咀嚼する。
「女の子だから、織田と違って当然だろ?」
軽音楽部がもりもりと弁当の中身を食べつくしながら首を傾げた。あの弁当箱の大きさ、毎回思うが百科事典のようだ。中身が詰まった状態だと、鈍器になると思う。
「姪っ子の保育園仲間とかも来たりするんだよ。姉ちゃんたちは子どもだけうちに預けて母親同士ランチとか行くんだけど」
その間、俺の家は託児所状態だ。まぁ、保育園に預けられているだけあって人見知りもしないし、たいしたぐずりもないからいいけど、母も俺も保育士扱いの姉に時折殺意が芽生える。
「男もいるんだけどさ。なんか俺のガキの頃と違うというか……。興味があるものが違うんだよなぁ」
「例えば?」
茶道部が一個目の菓子パンを喰い終わり、二個目のコッペパンを取り上げながら尋ねる。奴が今日買ってきた菓子パンにはすべて割引きシールが貼ってあった。経済的なやつだ。
「Eテレの幼児向け番組の録画をつけたら、出演者のやつらと一緒に歌って踊るんだよ」
「普通だろ、それ」
軽音楽部が噴き出す。
口から米粒が飛び出し、「すまんすまん」と指でつまみながらも、軽音楽部は笑って俺たちを見まわした。
「ぼくも好きだったな。エンディングでさ。着ぐるみの人形がラッパを持ってきて……。「最後に一緒に踊ろう」って……。え……?」
軽音楽部の言葉はそこで止まる。
なにしろ。
茶道部も蒲生も、軽音楽部の視線を避けて目を伏せたからだ。
「……おれ、大人なのに踊っているあいつらは、馬鹿だと思ってた」
茶道部は呟いて菓子パンをほおばる。
「着ぐるみが怖くて怖くて……。なんか毛むくじゃらだろ? おまけに、二足歩行で歩き回るし……。化け物だよ」
蒲生はもそもそとおにぎりを齧りながら小声で言う。
「俺はなんで、手遊びをしないといけないのかが、ずっとわからなかった。何の役に立つの、アレ」
茫然と口を開けている軽音楽部に、俺はきっぱりと告げた。
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