時の底で、君が神になった
青川承太郎
【プロローグ:夢】
――これは、夢にすぎない。
だが、その夢はあまりにも鮮明で、重く、まるで自分の記憶のようだった。
頭の周りがじわりと締めつけられるような感覚。鋭い痛みではない。けれど、しだいに思考が霞み、意識が深い霧の中へと沈んでいく――。
視界がゆっくりと黒く塗りつぶされる。やがて、闇の中に漆黒に染まる巨大な木星の姿が浮かび上がった。
その地表には、想像を超える巨木がそびえ立ち、枝葉は星々の光を浴びて虹色にきらめく。根元には水晶のような湖が広がり、衛星の光を受けて宝石のように輝く水面が幻想的な揺らぎを見せていた。
この地に住む者たち――“蜥蜴たち”の存在。彼らは古代の恐竜や竜を思わせる姿を持ち、高度な魔術と精神の文明を築き上げていた
だが、ある時、静寂を裂く鋭い音とともに、夜空に無数の光が現れる。巨大な円盤のような舟団が、遠く銀河の果てからこの地へと降り立った。
彼らの目的は、強大な力を秘めた鉱石。かつて神々が神器を造るために用いたという、伝説の物質を手に入れることだった。
蜥蜴たちは抗い、逃れようとした。しかし、文明も自然も容赦なく破壊されていく。
王はすべてを奪われ、守るべき者たちの最期を、ただ沈黙の中で見送った。
だが、その王――とりわけ強き存在は、異界からの来訪者たちすら一目置く叡智と力を備えていた。
やがて彼は“同胞”として遇され、「天の光を率いる者」として崇められる。その名は、ルシファー。夜を照らす明星、闇を裂く光の象徴として。
異界の者たちは、自らを「神」と名乗った。彼らはルシファーと共に、鉱石が眠る新天地を目指して火星へと旅立った。
そこはまだ、青く潤った星だった。
神々は、火星の赤き土と深き水をもって、労働と奉仕のための命を創り始めた、
それが人類である。
神々は新たな鉱石を求め、天の舟団を率いて地球へと渡る。
そして、海に浮かぶ巨大な大陸――聖地パンガイアを築き、人類に発掘させた。
神々は人類の増加を計画し、ルシファーの妹であり妻のリリスに最初の男アダムとの結びつきを強要した。
しかしリリスが拒んだため、これを「背信」とみなした神々は、彼女を追放し、すべての記録からその名を消そうとした。
そこに異議を唱えたのが、リリスの兄であり夫――ルシファーであった。
彼はかつて木星に住まう叡智ある蜥蜴族の王であり、神々に招かれて地球創世に加わった存在。
神に背いたルシファーは、かつての仲間である蜥蜴族の民、一部の人類、そして独立の思想を持つ天使たちを率い、ついに叛旗を翻す。
「この世界は神のものにあらず。我らのものなり」
そう宣言し、彼は自らを“真なる神”と称した。
こうして、「神の民」と「蜥蜴を信じる者たち」の間で、最初の聖なる戦が勃発する。
その頃、神々はアダムの血からイヴを創り出し、ふたりの間に「選ばれし子ら」を産ませた。
その血筋の者たちは「先導者(せんどうしゃ)」と呼ばれ、神の力を一部行使する資格を持つ存在となる。
さらにその中でも優れた者たちは、「守護者(しゅごしゃ)」として聖なる武具を授かり、神の軍勢としてルシファーに対抗した。
熾烈な争いの末、先導者たちは蜥蜴の王――ルシファーを打ち倒し、地の底深く、永劫の封印に閉じ込めることに成功する。
だが、代償は大きかった。
戦火によってパンガイアの大地は裂け、海に沈み始めた。
神々は、滅びゆく世界の中で、忠実なる旧人の一部に命じて船を造らせた。
「神の舟」と呼ばれたその巨船は、大洪水の中を漂い、わずかに残された地を目指した。
やがて水は引き、パンガイアの残骸が列島となって浮かび上がった。
その地こそ、後に「ジャパン」と呼ばれる、神に近い者たちの末裔の住まう聖なる島々である。
旧人の多くはそこで静かに生き延び、子孫を残していった。
一方、大洪水を逃れられなかった他の旧人たちは、各地の大陸へ流れ着き、原人や新人、猿人らと交わり、新たな人類の系譜を築いた。
それが、現代の人類の祖となったのである。
こうして、神々が創った人類の記憶は、時の流れとともに忘れられ、ただ神話として語られるのみとなった。
だが、その魂はなお眠らず。
その名は、やがて再び呼び覚まされる――人の心に、闇と共に。
夢の終わりが近づく。
遠く、混沌と化した母なる星――地球の姿が揺らめいていた。かつて青く輝いていたその星は、いまや暗雲に覆われ、静かに崩壊へと向かっている。
額当ての奥、仮死状態の意識の底で、彼は夢を見ていた。
これは夢にすぎない。だが――
かつて導いてくれた、あの王の記憶は、まだ胸の奥で燃え続けている。
そしてやがて、遠くない未来。
その名は、再びこの地に呼び覚まされるだろう――。
――そして、物語は現代から動き始める。
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