Code13:「強さと弱さと」

Code13:「強さと弱さと」


 ウィルを取り戻して、約一週間。

 オベイリーフとの特訓の成果とナナとの激戦を切り抜けたことか、或いは以前の油断を無くすためか。

 ウィルは今まで以上に真摯に特訓に励み、また多くの任務をこなすようになった。

 今まで通りにオベイリーフの専属オペレーターとして、後方から支援するだけではない。彼女の傍らに付き、共に任務へ赴くことも以前よりも多くなり——

 それでも、やはり人を殺めるということにはまだ抵抗があるのだろう。

 敵と遭遇した際、オベイリーフが躊躇なく引き金を引くのに対し、ウィルは気絶させることを選ぶ。

 それを甘いと言いながらも、オベイリーフがウィルを咎めることは無かった。彼女の選択を尊重し、任務に支障が出ない範囲であれば、特段咎めるような理由もない為だ。

 彼女自身の判断力も高く、本当に必要であれば、罪悪感を抱きつつも腕や脚を撃ち抜くことも出来る。

 既に、彼女自身の存在の大きさ・重要さは、WSEPにとって必要不可欠な人材であるほどのものだ。

 ——だからこそ、だろうか。

「(……あの子の意欲と吸収力は凄まじい)」

 今も、トレーニングルームで特訓に励む彼女の姿を眺め、オベイリーフは少なからず憧れを抱いていた。

 いや、今も、という言い方には少し語弊があるか。

 ウィルと出会い、一度彼女を救うまでの時間を想起し、一人物思いに耽る。

「(思えば、あの子は出会った時から自分の意志に満ち溢れていた)」

 あの日、MILLとしてWSEPに依頼を出したウィル。

 その行動の理由に、父と家柄への不信、そして自分との出会い・協力があった。

 自らの意志で考え、行動し、結果を引き寄せるだけの力と心。その二つを、あの時既に彼女は持っていた。

「(……私は? 私は、今までどれだけ、自分の意志を示してきた?)」

 自分と彼女は違う。そう理解していても、ほんの少し感じてしまった違和感を、オベイリーフは拭えない。

 最初に意志を示せたのは、恐らくEclipseによって自分の人生を歪められたと気づいた時だ。それ以前の自分は、お世辞にも意志を持っているなどとは言えるものではなかった。

 むしろ、今も。今も、そうなのではないか。任務を遂行し、Eclipseを追っている今ですら。意志なんて、何処にも——

「ティナ?」

 耳に響くウィルの声に、俯き気味だった顔を上げる。

 気付かぬ間に思考することばかりに集中してしまったようだ。不安げな表情を浮かばせ、ウィルはティナの顔色を伺うようにじっと見つめる。

 相も変わらず、真っ直ぐな瞳だ。自分の信念を疑わぬ、柔らかさの裏に強さを宿した瞳。

「……どうかしたの」

 彼女の意志の強さに、否が応でも自分の弱さが浮き彫りになりそうな予感に、オベイリーフの表情はやはり強張る。

 ここまで卑屈になったのは初めてだろう。きっかけは、間違いなくウィルを奪われたあの一件。

 冷静さを欠き、ウィルの作戦がなければ何も出来ていないに等しかったあの一件は、ウィルを救ったとてぬぐい切れぬ屈辱を彼女に味合わせた。

「アズライト……あっと、ブラッドさんが任務の最中に少女を連れ帰ってきたんですが、その」

「簡潔に説明して。出来ないなら私から聞きに行く」

「あ、ま、待ってくださいよティナ!」

 彼女の心境は露知らず、ウィルはブラッドが連れ帰ったという少女の話をするが、やけに歯切れの悪い言い方に少しずつ苛々が募る。

 らしくない、とは分かっているが、そう簡単に苛々を消せるわけもなく。強い口調で吐き捨てると、足早にオベイリーフはその場から離れていった。

 ウィルの方にはあまり見向きもせず——


「あの、す、すみません……良くして、もらって」

「そんな気にすんなって。気が済むまで、ここで暮らしていいからよ」

 オベイリーフがミーティングルームに入ったと同時に、有り難うございます、とブラッドに会釈する少女が目に入る。

 その顔は、今まで何度も相対してきた殺人鬼と——ナナと、あまりに瓜二つ。

「……ちょっと、どういうことよ」

「おう。やっと来たか」

 あからさまに厄介そうな顔をするオベイリーフに、ブラッドは「ま、そう警戒すんなと言いつつ微笑みを零す。

 ブラッドには少し弱いのか、納得したようでしていないような曖昧な顔を見せつつも、オベイリーフは一先ずの追及を無しとした。

「既に話は彼女から聞いている。彼女はアヤ殿、ディスノミアの元から脱走したようだ」

 落ち着いたオベイリーフを様子を確認し、マスターが少女——アヤの詳細を語り始めた。

 元々、ディスノミア・コーポレーションの研究施設で軟禁されていたという彼女は、密かに脱出を計画していた。

 ただ、脱出というよりも、ウィルと同様に「逃がされた」に近い形のようだが。

「こんな子一人軟禁だなんて……何の為に」

「それは……私の体質が、特殊……クローンを作るのに、最適だからです」

 当然の疑問を抱くオベイリーフに、アヤはおどおどとしながらも、自分の体質について話し始める。

 取り出したのは、彼女が持ち出した、自身ととある少女の体組織の比較表。

 ほぼ同数値であることが示されたその表に記された、もう一人の名前は——ナナ。

 オベイリーフがナナと見間違えたのも、それが原因だろう。

 この少女こそが、ナナのオリジナル。そしてナナは、アヤのクローン。謂わば”妹”のような存在に近いのだ。

「それで? わざわざあなた……いや、あんたが武器も持たずに、丸腰でも抜け出した理由は何?」

「ち、ちょっとティナ! 聞き方が怖いですよ……!」

 やけに不機嫌な様子のオベイリーフをウィルが宥めるが、オベイリーフの疑問も、彼女には分かるところがあった。

 アヤにも何か、自分と同じ理由があるのだろうか。もしそうなら、何か支えになれないだろうか。

 そうこうしているうちに、考えが纏まったのか、アヤはゆっくりと口を開く。

「今まで、ずっと、実験台にされてきたけれど……スカーライトって人のことを知って……すごく、かっこよくて。私も、そんな風に、自分らしく生きたいなって」

 自分らしく、自分の意志に従って、生きる。

 それが目標なのだと、アヤは眼差しをオベイリーフに向け、静かに語った。

 その瞳に感じたのは、ウィルと同じ強さ。真っ直ぐな意志の光。その元となったのが、知ってか知らずか、自分のことだと語る彼女の姿が。

 ——あまりにも、眩し過ぎた。

 だから、口走ってしまった。

「私はヒーローじゃない」

「え、……?」

「ここで暮らすなら、教えておくわ。あんたが言うスカーライトは私。私は……憧れを抱かれるような存在じゃないのよ」

 やっと、純粋な心を取り戻せたであろう少女の、輝く夢を打ち砕くかのように。

 翳りを見せ始めたオベイリーフは、顔を伏せその場を後にする。


「(……最高のタイミングだ)」

 その翳りを見逃さず、遠目に見つめていたフィオは静かに歓喜を感じる。

 メービスからの信頼を得る為、最早利用する道具の集まりと化したかつての仲間達の暗い様子は決して見逃さない。

 彼女の次なる獲物——オベイリーフが、押し隠しながらも少しずつ闇を抱えていることだって、今の彼が見抜くのは容易なことであった。

「(楽しみだよ、オベイリーフさん)」

「(あなたを陥れて、ウィルを苦しめることができる機会がもうすぐ来る)」

 オベイリーフに続いて部屋を出る彼の口元は、恐ろしく歪んでいた。

 彼の真意を知るものは、WSEPの中に——未だ居ない。

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コード:スカーライト のわさん @noirepulthena

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