第65話 龍の宝珠
沙羅は、一人宵の塔の欄干に手をかけ、街の様子を固唾を飲んで見守っていた。
あれほど華やかだった街は、今では色を失っていた。赤く灯っていた提灯はそのほとんどが地面に落ち、今ではポツポツとしか灯っていない。軒を連ねていた建物群は倒壊し、水に濡れた地面へ残骸を積み上げるばかり。
一緒に山頂まで行っていた風神丸は、沙羅を宵の塔に送り届け、鬼姫に報告すると、自分は葵たちに加勢すると言ってそのまま街の方へ行ってしまった。今沙羅にできることと言えば、ここでこうして見守ってやることしかできない。
少し目を凝らして見れば、葵たちが剣を持った女と戦っているのがここからでも見えた。風神丸も駆け付けたらしく、葵、京介、風神丸の三人で女を相手している。一方九尾は、街で暴れ狂っていた水の龍を自分に引きつけ、これ以上の被害を出させないようにし
ているようだった。
火の神は力を貸すと言っていたのでここにいるはずなのだが、姿は見えない。人には見えぬところで、力を貸してくれているのだろうか。
「手持ち無沙汰、と言ったところじゃの」
背中に投げかけられた声に弾かれるようにして、沙羅は後ろを振り返った。するとそこには、柱にもたれかかるようにして立つ鬼姫の姿があった。
「鬼姫様」
沙羅は驚き、慌てて鬼姫の元へ駆け寄った。
「安静にしていなくていいんですか」
「ふん、こんな時にゆっくり寝ていられるものか」
支えようとしてくれた沙羅の手をぞんざいに振り払うと、鬼姫はゆっくりした足取りで欄干へ向かう。
「ひどい有様じゃの……」
街を見て、鬼姫はポツリと言った。
「とんでもないことをしてくれたの、あの女……」
鬼姫は目を眇めて、葵たちと激闘を繰り広げている女を見やる。
「あの女の人は一体何者ですか」
山頂から帰ってきた後、事態がだいぶ急変していたので沙羅には何がどうなっているのかがいまいち理解できていなかった。どうやら女の握っている剣が龍神の牙のようだが……。
鬼姫は、沙羅の問いに「妾もよう知らぬ」と答えた。
「ただ、あの女が龍神の牙を目覚めさせたのは確かじゃ。不幸にも妾の予想は当たったようじゃな……。紫紺とやらの一味なのかそうでないのかは知らんが、何者かが牙を狙っているかもしれぬと言う予想が。しかし、まさかあのようなものを手に入れておったとは」
「あのようなもの?」
「ほれ、女の頭の近くをよく見てみよ……。丸い玉が浮いてあるだろう」
言われて沙羅も初めて気がついた。確かに女のすぐそばに水晶玉のような球体が浮かんでいる。球体は女がいくら動いても、女の側から決して離れはしない。ぴったりと張り付くようにして側に控えている。
「あれは何なんですか」
「おそらく、龍の宝珠じゃろう。しかも例の龍神の」
鬼姫はキュッと目を細めた。
「龍の宝珠には、莫大な力が秘められておる。おそらく龍神の牙が目覚めて一人でに飛び回ったのも、あの宝珠の力の影響じゃろう。あの女、龍神の牙を手に入れるために前もって手に入れておったか」
「あれがあると、まずいんですか?」
「だいぶまずいの。龍神の牙は宝珠の力を浴び、かなり強化されておるはずじゃ。ただでさえ厄介な剣だと言うのに、龍の宝珠が側にあっては鬼に金棒どころの話ではないわ。何せ神の力の宿る剣に、さらに神にまつわるものの力が加わっているのじゃからな。倒せるものも倒せんぞ……」
「じゃあ、先にあれを破壊しないと」
沙羅は欄干から身を乗り出した。
葵たちはこのことを知っているのだろうか。知らないのなら、急いで伝えなければならない。そう思うといてもたってもいられず、沙羅は部屋を飛び出そうと駆け出した。
「待て、まさか彼らに伝えに行くつもりか」
慌てた口調で鬼姫が呼び止める。
沙羅は部屋の戸に手をかけながら答えた。
「はい!念のため」
鬼姫はやれやれと溜息をつく。
「お主はすぐに駆け出そうとする。どうせ止めても行くのだろう。ならばせめて武器を持っていけ。何もないよりはマシじゃ。それと共の者を……」
鬼姫がそこまで言った時には、もう沙羅の姿はどこにもなかった。
「やれやれ、忙しない娘よの……」
鬼姫は呆れたように肩をすくめると、再び外の様子へ視線を向けた。
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