　ピアノを習っていたのですが、小学６年生の時に違う先生につくことになって、路線バスで市街地にある教室に通うようになりました。

　先生の自宅兼教室は、私の住む郊外の水田地帯とは違い、交通量も多く歩行者も多い場所にありました。

　バス停を降りた側の歩道から左折してすぐの所に教室があった為に、最初のうちは気づかなかったのですが、ある日、帰りのバスに乗るために、道の反対側にあるバス停へと向かっている途中、気づいてしまったのです。

　渡らなければいけない交差点に、ソレが居ることに。

　信号待ちの人波の中に、陽炎がかったように不明瞭な輪郭のモノが、紛れて佇んでいるのです。

　誰も気づかないソレは、明らかに異質な存在でした。

　普段気づかない時には問題ないのですが、この時のように視えてしまった時は危険なのです。つまり視えるということは、向こうと波長が合ってしまった、ということなのです。

　このまま交差点に近寄るのは危険だと判断して、向きを変えようとした瞬間でした。

　ソレが、振り向きました。

　目が合った一瞬後、もの凄い勢いでソレがグワーッと私に向かって来たのです。

　憑かれる、と覚悟しました。

　ところがソレは目と鼻の先の距離で、見えない壁にぶち当たったように弾かれたのです。

　跳ね返り元の方向へと、悔しそうに消えて行ったソレに、私は唖然としました。

　その時は、何が起きたのか、分からないままだったのですが。

　たぶん、あれは事故死してその場に留まってしまった地縛霊ではないか、と考えています。

　あの日、私はたまたま動ける範囲の外側に立っていたのでしょう。

　だから目と鼻の先で、あの地縛霊は弾き返されたのだと推測しています。

　運が良かった、としか言えません。

　もし動ける範囲の中にいて、憑かれていたらどうなっていたのだろう。

　時折ふと、人波の中に佇む自分の傷だらけの姿を、夢に見るのです。

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