第115話 一番活気があった時間
この日、俺はどんな授業を受けたのか、はっきり言って殆ど覚えてない。授業を受けたのかどうかも
そのまま今日の7時間目まで終わって放課後になった。もう教室内には殆ど残っている生徒はおらず、残り数人だ。藍は既に生徒会室に行っている。
「たっくーん」
唯が俺に声を掛けてきた・・・けど、いつもの笑顔ではない。明らかに裏がある時にする笑顔だ。
「はいはい。おおかた『鞄を持ってくれ』とか言いたいんだろ?」
「せいかーい。いやあ、まだ右手のギブスが取れてないでしょ?本当は藍さんに頼もうと思ったけど先に行っちゃったから、頼んでもいいかなあ?」
「はー・・・いいよ」
「さっすが兄貴、頼りになるねえ」
この唯の言葉に俺は一瞬ドキッとしたが、表向き「佐藤きょうだい」は今でも2年A組佐藤さんトリオの通称だから誰も気にしていない。でも、心臓によくない言葉である事には違いない。勘弁して欲しいぞ、ったくー。
そのまま俺と唯は教室を並んで出て廊下を進み、階段を下りて・・・ではなく、唯は逆方向に歩いていき、エレベーターのボタンを押してドアが開くとそのままエレベーターに乗り込んだ。ボタンを押しながら俺の方を振り返ってニコニコしている。
「おーい、もう足は大丈夫なんだろ?なら階段にしろよ」
「えー、せっかくだからエレベーターで行こうよ」
「勘弁しれくれよー。1フロア下りるのに怪我してないなら階段で十分だ」
「きゃーっか!唯は怪我人でーす」
「はあ?」
「怪我人でーす」
「・・・はーーー・・・」
おいおい、勘弁しれくれよお・・・でも、これ以上言っても無駄だと思い、俺も黙ってエレベーターに乗り込んだ。
だが、エレベーターのドアが閉まっても動き出さない。それは唯が行先階を押してないからだ。
「おーい、唯。1階を押してくれー」
「・・・・・」
唯はボタンを押す事なく俺の方を向いた。でも、その目は明らかに怒っている。
「・・・たっくんさあ、どうして今日は唯の事を無視しているの?」
「そ、それは・・・」
しまった、唯は気付いていたんだ・・・俺自身も唯を無視している事は分かっていた。正確に言えば、俺は唯に話し掛けるのを
「・・・スマン、正直に言うけど、土曜日の事をうっかり喋りそうになるのが怖くて唯に話し掛けるのを躊躇っていた」
「はー・・・大方、そんな事だと思ってたよ」
「スマン・・・」
「たしかに誰にも言えない事だというのは唯にも分かるよ。唯と付き合っているというだけでゴシップネタになるのに、既に『やっちゃった』となれば学校中がひっくり返るような大騒ぎになるのは確実ね。でも、授業中に何度かため息をしていたし、昼休みだって生返事が多かったから、逆に怪しまれるよ。もしお姉さんに気付かれたらどうするつもりだったの?」
「うっ・・・そ、それは・・・」
「変に意識するから逆におかしくなるんだよ。もっと自然体に振舞おうよ」
「分かった。そうするよ」
「そうそう、こういう時こそ能天気でいいんだよ」
そう言うと唯はニコッと微笑んだ。
確かに今日の唯はいつも以上に自然体だ。それに、いつもより輝いてる、というか明るい。土曜日の事が唯にとっては良い方向に行っているのかもしれない。だが、俺にとっては悪い方向に向かっているのかもしれない。
「!!!!!」
「!!!!!」
俺はため息をつこうと思っていた所へいきなり唇を塞がれたから一瞬固まってしまった。ほんの一瞬の出来事であったが、唯は俺を見ながらクスクス笑っている。
「たっくーん、もっと笑顔だよ。え・が・お」
そう言うと唯はニコッとした。
たしかに唯の言う通りだ。俺は考えすぎて逆に悪い方向ばかりに行ってる。こういう時こそ、能天気に振舞った方がいいかもしれない。
「・・・唯、ありがとう」
「どういたしまして。さあ、生徒会室へレッツゴー!」
唯が『1』のボタンを押すとエレベーターはゆっくりと動き出し、やがて静かにドアが開いた。
そのまま俺たちは並んで生徒会室の前まで行ったが、ドアを開ける直前に唯が自分の鞄を左手に持ち
「じゃあ、後で呼ぶから待っててね」
そう唯は言うと鞄を持つ左手でドアノブを回し、生徒会室のドアを開けて入っていった。
俺は生徒会室に入る事なく、そのまま図書室へ向かった。今日は唯の希望で学校帰りにWcDに寄る事になっている。いや、ちょっと珍しい事ではあるがWcDで3人だけの夕食をする事にしている。父さんと母さんはこれに合わせて二人だけで外食するみたいだ。だから俺はどこかで時間を潰す必要があるのだが・・・俺が図書室へ行って5分もしないうちに早々にメールが入った。当然だがマナーモードなので音はしてない。スマホが振動したので気付いたのだ。
『猫の手も借りたいくらいの状況になってるから、悪いけど生徒会室で校正作業を手伝って欲しい 唯より』
おいおい、今日の俺は助っ人するつもりは無かったんだけどなあ。それに藍も唯も早く終わらせる気でいた筈なのに・・・一体、何があったんだ?
俺が生徒会室に行った時、たしかに生徒会室は足の踏み場もない位の状況になっていて、宇津井先輩と藍が悲鳴を上げていた。本岡先輩はパソコンの前で一人格闘中でその横には山のように積まれた書類があった。だが、相沢先輩たち三役は深刻な顔をして話し込んでいて三人に手を回す余裕がない。
唯が教えてくれたが、俺が生徒会から助っ人要請された理由は、実は先週の金曜日に出された共催に関する新ルールにある。このルールを使って1年C組とD組、それと1年F組とG組が人員の相互融通を申請してきたのだ。執行部側としても、自分たちの提案を逆手にとるような申請をいきなり出されるとは想像してなかったらしく、対応に頭を痛めていたのだ。
「たっくん、これって認めないとマズイよねえ・・・」
そう言って唯はため息をつきながら2枚の申請書を俺に見せた。
たしかにこの申請内容に書かれた事は、先週の金曜日に執行部が提案した共催に関するルールに沿って出された物と解釈できる。しかも裏方作業にあたる人手を相互融通しあってイベントを実施するという内容なので、厳密にはイベント修正の手続きも必要ない。ただ単に事前申請が必要な内容に抵触する可能性があるので出してきたような感じだ。
「・・・たしかに認めざるを得ないと思うけど、相沢先輩たちはどう思っているんですか?」
そう俺が言うと相沢先輩はため息をつきながら
「・・・正直に言うけど、私と唯さんは賛成だけど真姫は反対の立場なのよ。三役で意見が割れてしまったから、返答も出来ないのよ」
「みさきち、私が反対している理由は重箱の隅をつつくような申請ばかりしてくるから正直カチンときてるからだぞ。こんな事に時間を使わされるのは勘弁して欲しいぞ!」
藤本先輩は『トキコーの女王様』を彷彿させる目をしたまま俺を見て話をしたから、俺も正直腰が引けた。いつ藤本先輩が爆発して「こーんな申請は却下だあ!」などと言い出すのかヒヤヒヤしているくらいだ。
さらに、他にもいくつか申請が上がってきているようで、唯もそれを見ながら再びため息をついた。
「・・・たっくん、また舞ちゃんを呼んでもいいかなあ・・・」
唯は力なく俺に相談したけど、相沢先輩も藤本先輩も「それしかないよなあ」と言って唯に同調したから俺も「舞に相談してみれば?」と言った。ただ、先週のように俺が行って舞に伝えると面倒な事になりそうだから「俺は校正作業の方を手伝いますから、舞に相談するかどうかは先輩たちで決めて下さい」と言って、藍たちと一緒に校正作業の手伝いを始めた。
結局、今日も三人揃って2年B組へ行って舞をオブザーバーとして生徒会室に来てもらうよう頼んだようで、その後は四人であーだこーだ言って申請書と規則を交互に眺めていたが、唯が舞を連れて生徒会室を出て行った。どうやら直接1年生の4クラスに乗り込んで事情を聞きに行ったみたいだ。
正直、俺は唯の事であれこれ悩むよりは、こういう作業に没頭していた方が気が楽だ。ある意味、今日の学校生活の中で一番活気があった時間でもあった。
唯が出て行ったあとは六人で校正作業や文書の修正、さらには明日の実行委員会で使う資料の用意などで大忙しだった。やがて唯と舞が戻ってきたが、出ていく時は悲壮感漂う顔をしていた唯の顔が別人のように明るくなっている。どうやらうまく解決できたようで、特に藤本先輩は唯から話を聞いて関心しまくりで「おいおい、こんな事なら明日の実行委員会に出てくれ。そうだ、生徒会側のオブザーバーとしてその場で回答してくれれば各クラスや部も助かる」と言い出し、相沢先輩も舞自身も同意したので明日の実行委員会にオブザーバーとして参加する事も決まった。つまり、舞は実行委員代理という立場ではなく、生徒会側の人間として明日の実行委員会に出るという事だ。ただ、舞自身はミステリー研究会の途中に抜け出してきた形なので、これを最後に2年B組へ戻って行った。
結局、今日はかなり暗くなるまで作業をしていて、先週の木曜日と同じくらいまで頑張って準備作業をしていた。そのまま全員で生徒会室を出て靴を履き替え生徒昇降口を出て、さあ帰ろう・・・と思っていたら、思わぬ人物がいたので、その人も一緒に地下鉄に乗る事になった。
その人物とは・・・高崎先生だ。
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