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●テクストと翻訳

 Quare ergo cognoscitur individuum a intellectu nostro. Secundum DOCTOREM SUBTILEM in libro *Quaestionum super libros de anima* dicitur quod : quando cognoscimus individuum vel per sensum vel, aliquo modo, per intellectum, primo repraesentatur suppositum vagum ; aliquando enim intelligimus aliquid individuum, quod ad quam speciem pertinent ignorando. Deinde absolute natura repraesentatur. Denique ad illam naturam circa circumstantias designatas considerationem reflectendo individuum signatum intelligimus. Ita modus per quem nos intelligimus hoc individuum non est simplex, sed constituitur ex plurium circumstantiarum conceptionibus quibus conceptiones universales addantur. Nos enim de Socrate « Socrates est unus homo albus, longus, blaesus » et huiusmodi dicimus et sic intelligimus.


 それではどのようにして個別者は私たちの知性によって認識されるのか。『デ・アニマ問題集』における精妙博士に基いて、以下のように言われる。私たちが、感覚によってであれ、あるいはなんらかのしかたで、知性によってであれ、ある個別者を認識する際、第一に曖昧な基体が再現される。実際、私たちはある場合に、何らかの個別者を、それがどの種に属するものであるかを知らないままに認識するからである。そして次いで、絶対的なしかたで本性が再現される。最後に、その本性に対して指定された状況に関しての考察を反省することによって、私たちは指定された個別者を知解する。このように、それを通じて私たちが¥KP{この}個別者を知解するしかたは、単純ではなく、むしろ、そこに普遍的な諸概念が加えられた、多くの状況の諸概念から複合されている。実際、私たちは「ソクラテスは白く、背が高く、口ごもって話す等々の一人の人間である」というしかたでソクラテスについて語り、そのように理解しているのである$^a$。


●註釈

a) ドゥンス・スコトゥスによれば、私たちは三つの段階を経て、個別者を認識することができるという。独特の形而上学的な術語も頻出するので、順を追って見てゆくことにしよう。

 このテクストによれば、私たちが対象を認識する際、その対象の基体を捉えるとされる。基体とは、性質がそこに内在するところのもののことをいう。これを踏まえれば、この第一段階はつまり、それがどのような性質を持っているかは措き、「何かがある」と言うことができる段階である。例えば、私たちは遠くにあるものをみて、「遠くに何かがある」と言うことができる。これが、その対象の基体が認識されているということである。次に、対象の絶対的な本性が捉えられることになる。絶対的な本性とは、第二段落の註釈 a で見た「共通本性」とも呼ばれるものであり、その対象が「何であるか」という問いに対する答えとなるものを示す。例えば、猫なら猫の「猫性」が、ここでいう絶対的な本性である。この第二段階に至り、私たちは遠くにある何ものかを「遠くに人間がいる」などのように言うことができるようになるわけである。そして第三の段階において、そのように獲得された「遠くにいる人間」が、実際に誰なのか、ということが特定化される。その際に必要になる情報が、「指定された状況」と呼ばれるものである。これは、最後の例からも明らかな通り、「白い」、「背が高い」、「口ごもって話す」などの、いわゆる附帯性である。遠くにいる人間に対して、様々な性質を加えることで、私たちはその人間が誰であるのか、ということを特定することができるのである。無名氏が、遠くにいる人間に、彼の見知っている数々の性質を当てはめることで、彼は、遠くにいるのが彼の愛する人である、ということを認識することができるのである。

 かくして無名氏は、ドゥンス・スコトゥスに倣うことで、個別者についての認識を獲得することができたと考えた。第九段落の構成を考え終え、執筆に取り掛かろうとしたとき、彼の部屋はすでに暗く埋もれていた。ランプの中で揺れる火を眺めていると、ふと彼は、彼の愛する人の瞳を思い出した。彼が覗き込むと、彼自身の瞳を映し出す、磨かれた鏡のような瞳であった。じっと潤む彼女の瞳は、見つめているとすこしずつ瞬きの頻度を減らしてゆく。やがて、そのまま永遠に開いたままになるのではないか、と恐ろしくなるほどであった。

 無名氏は、いつも月の光を惜しむころに感じる眠気を、その日は感じなかった。第九段落の構成を作り終えて精神が昂ぶっているのかもしれない、と彼は考えた。彼はそのまま第九段落を執筆し始めた。とはいえ、それは決して多大な労力を必要とはしなかった。彼の記憶に刻まれたスコトゥスのテクストを、彼自身が考えた構成に従って実際に羊皮紙に書き落としてゆくだけだったからである。執筆自体はすぐに終わった。しかし、彼はその最中に、あまりにも大きな問題がひそんでいることに気がついてしまった。その問題は、すでに見た通り、第三段落後半部、第五段落後半部、そして第六段落を追記することを要請した。その問題について、彼はすぐさま当該箇所の脇にメモを残した。ここで初めて、それまで彼の憂鬱な思考のみが秘めたる形で捉えていたことを、すなわち、「第二問題」を解決することが出来ないかもしれない、ということを明確に意識したのである。突き刺すような不安に苛まれながら、彼は眠りに就こうとした。夜の空気が一変したように感じられた。それまでの彼がそこで安息していたところの孤独の静けさが彼を癒やすことはなかった。

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