『召集』
「よし! 心得た! まずは、あやつじゃな」
黒羽猫がノルンの肩で大きく頷く。
すると、魔法陣を通って一人の女性士官が現れた。『黒狼』の副長だ。
凛々しく敬礼。
「お呼びでしょうか?」
「少し人を貸せ。目端が利いて、多少無理がきく奴がいい」
「で、あれば――この者を御呼びくださいますか?」
副長は、宝珠を黒羽猫へ。「ほぉ……こ奴は……お主も、悪よのぉ」「いえいえ、黒羽猫様には到底」。怪しい会話。
再度、魔法陣が煌めき――出現したのは一人の少女。
訓練をしていたのか、『黒狼』の隊服は汚れている。階級章は准尉。
目を瞬かせ、周囲を確認。
――副長と目が交錯。
すぐさま敬礼。
「ふ、副長!」
「准尉、悪いが貴官は一時的に当部隊から外れてもらう」
「……はっ? そ、それはどういう意味でしょうか?? し、小官は『黒狼』失格、ですか!?」
「違う」
「悪いな。お前はこれから数日、俺の下で動いてもらう。少々、キツイがまぁこれも人生だ。副長、他は?」
「…………えっ?」
「はっ! 僭越ながら、私が」
「却下だ」
「隊長!」
「お前がきたら、俺とお前で全部片づけちまうだろう? また、今度だ」
「……はっ」
珍しく不服そうに副長が引き下がる。ただし、表情には大きな喜び。
シャロンとブレンダンへ向ける視線には羨望。二人から、副長への視線は「是非是非、変わってほしい!」。
状況について行けず、呆然としている准尉にノルンが尋ねる。
「准尉、書類仕事は出来るな?」
「…………へっ? あ、あ、貴方様は……」
「俺は尋ねたぞ」
「――は、はいっ!!! 何でも、何でもできますっ!!!!」
「そうか。ならまずは風呂へ入り、頭をしゃんと、させてこい。これから数日はキツイぞ?」
「は、はっ! キーラ・レオーノヴァ准尉、風呂に入ってまいりますっ!!」
「いい、返事だ。それと――准尉」
「はっ!」
ノルンが准尉へ尋ねた。
――おそらく、オリヴィアがいたのなら嫉妬する程に優しい顔をして。
「村のチビ共と、爺さん、婆さん達は皆、息災か?」
「っっっ! …………はいっ! 皆、皆、無事に暮らしておりますっ。貴方の、貴方様のお陰です……ほんとに、ほんとに、ありがとう、ございましたっ……」
「そうか。そいつは上々だ。今度、帝都の美味い物でも送ってやれ」
「…………」
准尉は嗚咽でもう声が出ない。
彼女が生まれ故郷である北の辺境を離れ、『黒狼』へ志願した理由の一つ、『必ず、もう一度、村の命の恩人である『黒色道化』に会う』はこの日成就したのだ
「……主はこれじゃから。まぁ分からんでもないが」
「……む。また? またなわけ?」
「やはり、やはり、私も隊長の下で今一度っ!」
「何時か、刺されて死ねば――冗談だ、冗談。俺はお前さんの下僕だって」
「お前ら、五月蠅いぞ。ブレンダン、後何人か地獄でも昼寝が出来そうな人材を見繕え。忠義馬鹿娘、覚悟を決めろ。組織は腐敗する。が……創設期に叩き込んでおけば、それが慣習となって、ある程度の自浄はきくようになるだろう。やるなら、今なんだ。我慢しろ」
「…………分かってるわよ、バカ」
シャロンは拗ねた口調でそっぽを向く。
ぴくり、黒羽猫の髭が動いた。
こやつ、やはり……ブレンダンが、近付き、ひそひそ話。「いや、やっぱり、そうですって!」「ふむ……潰すか」「貴女様ともあろう御方がなんと無体な。ギリギリを楽しむのが風流ってもんでしょ?」「……分からぬでもないが。あれで、あの狂人は加減を知らぬからの」物騒な会話である。
ノルンが手を打ち鳴らした。
「とっとと始めるぞ。准尉と――忠義馬鹿娘、お前も風呂だ。ブレンダン、人を攫ってこい!」
※※※
夜更け。女帝寝室に忍び込む一人の影。
ベッド内からは安らかな寝息。長旅を終えたと思ったら、すぐに公務だったのだ。疲れが溜まっているのだろう。
椅子に座り、丸テーブルに肘をつく。
寝顔を見る視線は穏やか。
――やがて立ち上がり、そっ優しく、本当に優しく髪を撫で、出て行った。
それを見計らい、ガバッ、とオリヴィアは起き上がる。
枕を抱え、呻く。
「う~う~う~……」
嬉しい。嬉しいのだ。間違いなく嬉しいのだ。
彼が約束を違えることなどないことは、誰よりもよく知っているにせよ、嬉しいものは嬉しいのだ。
……が。枕をぎゅーと抱きしめる。
「ど~う~し~て~、夜に手を出していかないんですかぁぁぁぁぁ。無防備で、美人で、薄着で、胸もお尻も大きい女の子が寝てるのにぃぃぃ」
「ふん。当たり前じゃ。我が主は、女子を夜這いする程、飢えておらぬわっ」
「……出ましたね、お邪魔虫。貴女はお呼びじゃないって、何度言えば分かるんでですかっ! ほら、とっとと屋根裏の誇りっぽい寝床へ帰りなさいっ。しっしっ」「ふっふーん。残念ながら、我の、常日頃の寝床は、主の腕の中なのでな!」「…………あ、今、キレちゃました。いい加減、決着――こ、こらっ! 何、足下で丸くなってるんですかっ!?」
「ん? 寝る為に決まっておろうが。ほれ、お主も寝よ」
珍しくそれ以上のやり合いにならず、黒羽猫はオリヴィアの足下付近で丸くなった。
釈然としないものを感じつつ横になる。
「――お主も知っておろうが。あれで、主は過保護なのじゃ」
「……そんなことは……知ってますけど……」
「ならば、我をして守護させることで満足せよ。戦場や緊急時でもない場では、あり得ぬことぞ?」
「…………えへ」
「……あ、今、キレてしもうた。やはり、ここで決着を。こ、これ、何をするのじゃ!? だ、抱きしめるでないっ!」
「も~仕方ないですねぇ。そんなに私が大事なら、とっとともらってくれればいいのにぃ♪ えへ、えへへ、えへへ~♪」
「い、いかんっ。こ、こやつ、嬉しさの余り、自分の世界に! あ、主っ! や、やはり、こやつは主に相応しく……あー!!!!」
――翌日の光景は以下の通りである。
とても上機嫌なオリヴィア。
屋根裏の寝床に逃げ込み、一日中出て来なかった黒羽猫。
尋常ならざる速度で書類を裁く准尉。
それを褒めるノルン。
ますます頑張る准尉。
何となく面白くない気持ちで見るシャロン。
頬がこけ、生ける屍状態のブレンダン。
ブレンダンに連れてこられた生贄―—こほん、有能。なれど、今にも死にそうな官僚。
つまりは――普段の皇宮の姿であった。
――後世において、この時期に行われた文民及び軍官僚組織に対する大改革は、帝国が問題を抱えた際に、立ち戻る規範とされた。
なお、その立役者の名は失伝し、僅かに後の大元帥『キーラ・レオーノヴァ』が若かりし頃に参加していた記録が残るのみである。
血塗られし聖女と嗤う道化 七野りく @yukinagi
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