『準備』
オリヴィア様が『南方視察へ行くから』と言われた翌日の皇宮、執務室。
事が事なだけに、いるのは私――親衛騎士団団長であるシャロン、帝国大宰相であるブレンダン、そして……あの忌々しい男、『黒色道化』ノルンの使者である羽黒猫のみ。
私とブレンダンの前では、さっきから羽黒猫が滔々と話している。
「――と言うのが、主からの伝言じゃ。まぁ、頑張ってみるとよい」
「……分かってたわ。ええ、分かっていたわよっ! ええ、そうよねっ!! あの、性格がひん曲がってる男は、基本的にオリヴィア様の言われた事は全部叶えるものねっ!! だけど……だけど……毎度毎回、より面倒にするのは、なんなの!? 嫌がらせ!!? 嫌がらせなのっ!!」
「娘よ、五月蠅いぞ。少しは落ち着かぬか。大体、そういう風に反応するから、主が面白がって、無理難題、難問奇問をお主に嬉々として振っているのじゃぞ? いい加減、学ばぬか。ほれ、この男を見よ。最早、悟りを開いてるおるわ」
「なっ!!」
そ、そうなの?
あ、あの男……何時か殺す……絶対、殺す……必ず、殺す……。
隣のブレンダンを見ると、あ、うん。そうなるわよね。
もう、現実逃避をするしかないのだろう。
漂白された顔で、一心不乱に何かを計算している。
多分、今回の南方視察でかかる費用合計かしら?
私も、護衛メンバーと、打撃部隊を編成しないと。
あの馬鹿男が『この際だ』と私達に提案してきたことは、何時ものように理に適っていた。
ええ、そうよね。何時も、何時も、何時もっ! 理には適っているのよねっ!!
だからこそ、ムカつく! 心底、ムカつく。私達が、どうにかするだろう、と思っていることも。肝心要は、自分でやる、と表明していることも。
いい加減、長い付き合いなんだから……事前に一言、相談がしてくれてもいいでしょう! あと、こんな猫一匹に説明させないで、自分で説明しに来なさいよねっ!
「む……妙な波動を感じおる……娘よ、お主、もしや……」
「あ~言葉にはしないでくれ。こんな、何処にも逃げ場がない修羅場を超える修羅場の中で、俺が見出している唯一無二の娯楽なんだ、それ」
「……お主、正気か? バレれば……一族郎党はおろか、故郷まで焼かれかねんぞ?」
「そ、それでもだっ! 俺は、俺は、自分の楽しみの為ならば、そのリスクを取る覚悟を既に決めているっ!」
「……うむ。その心意気や良し。確かに、これはこれで面白――否、若い者には苦労させねば。物語とて、波乱の一つや二つなければ、楽しめぬしの」
「流石。その通りだぜ。何、大丈夫だ。崖から転落するようなヘマはしねぇ」
「そう言った矢先、主にボッコボッコにされた者の数は、両手両足では足らぬがの。一応、奴らも『英雄』だか『勇士』だか、まぁそのように呼ばれておったが」
「おおぅ……いきなり、心を圧し折りにこないでくれるか……ち、ちょっと、やっぱり、そろそろ逃げようかな……」
ブレンダンと猫が楽しそうに話しています。
……何でしょう。そこはかとなく馬鹿にされているような。
まぁ、内容は理解不明なので、何も言いませんが。
「で……南方視察自体を決行することは、了解したわ。オリヴィア様が言い出された事だし、中止は無理だと思っていたから。けれど、あの道化が言い出しこれは……不遜よ! オリヴィア様を『餌』にして『不穏分子』を狩るなんて……」
「娘よ、主がそんな事を言い出す筈がなかろう。ああ、見えてあの狂人に対しては、本当に激甘ぞ? 考えてもみよ! 狂人が『世界が欲しい』と言ったから、それだけで『世界』を渡したのが、我が主、『黒色道化』ノルンという男。自分の命ならいざ知らず、『餌』にする、なぞ……世界が滅んでも言わぬな」
「え……なら、誰が……ま、まさか!」
「当然、狂人自らの提案じゃ。……この際だから、言っておくがの。貴様らは『聖女』だの『女帝』などと、あの狂人を持ち上げておるが、あやつは、本当に危険ぞ? 我が言うのだから間違いはない。自分の命なぞ、何とも思っておらぬのだ。けれども、主が今世にいる限り、死ぬつもりも毛頭ない。それを妨げる可能性があるものは……最善手で全て潰す。きゃつは、そういう女ぞ」
「……だが、あの御方は俺達の仕えるべき、主であることに変わりはねぇ。道化がお前さんの主であるように」
「そうです。我が剣は、ただ、オリヴィア様の為にあります。ならば、その御方がそうしたい、望まれるのなら……そうするまでです。第一、どうせ、あの馬鹿男が護衛につくんでしょう? なら……どう考えても世界で一番安全じゃないですか」
「娘よ……」
「シャロン……」
猫とブレンダンが、何故か、『うわぁ……この子、可哀想……』的な視線を向けてきます。
な、何ですか。さっきから、妙ですね、貴方達。
「とにかく! 南方視察及び『狩り』の件は了解しました。諸般、準備にかかります。後で書面を……ああ、いいです。どうせ、説明やら細部も詰めますし、後で私が直接話し――もうっ! また、何ですか、その笑いは!!」
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