第三部

第8話 コルセタ村のユニ



「そんなに私を、お探しですか?」


 塔の最上階に登るなり、唐突に声がした。まったくの暗闇である。


 木の下にある暗闇が、悪意をもって凝り固まって人間になった。そんな、なにか言葉にできない、おぞましさをユニは感じて、急速に汗が冷えていく。十年経っても忘れられない男の声。


「私も、ずっとあなたに会いたいと思っていましたよ、“コルセタ村のユニ”」


 コルセタは、ユニが住んでいた魔女の隠れ里の名だ。


 地図と歴史から抹消され、存在していたことさえ忘れ去られた村。今やその名を知る者は、たった一人の生き残りであるユニと、たった一人で村を滅ぼした魔女狩り長官イドのみである。


「ようやく、転移の技法を編み出すことに成功しました。と言っても、夜の間に木の下にある闇から闇へ、だけですが」


 言いながら、光の球を作り出して空中に浮かべた。


 周囲は円形で、ふちには手すりがあり、イドの奥に階下へ続くドアがある。狭いが戦える広さはありそうだった。


 イドは、夜の闇よりなお暗い色のマントに身を包み、十年前と変わらぬ笑みを浮かべていた。マントの縁には金糸で刺繍がしてあり、胸元には魔女狩りの象徴である聖剣と焔の刻印が施されている。


「編み出した、ですって? みんなの“魔女の技法ウィッチクラフト”を切り貼りした、の間違いでしょ?」


 イドはそうやって、いくつもの新たなる技法を作り出している。

 それは、魂を切り貼りしていることで、最大の禁忌であると、大婆さまたちから強く言い聞かされていた。


「そう言うこともできるでしょうね。私としては、何一つとして無為にしたくない。そういう強い思いの一心なだけですが」


「光の球の技法は、アンナ姉のだった。闇にまつわる技法はレン一族が得意だった。私は、どの技法が誰のだったか覚えている」


 過去の記憶は他人のものようであっても、忘れたものは一つもない。


「あなたには、あらゆることを私に対して言う権利がある。申し訳ないと思う気持ちが私の中にもある」


「今更、謝罪でもしようと言うの?」


 一瞬、急激に膨れ上がった怒気に我を忘れそうになった。


「いや。謝罪するつもりはない。するしか、なかった。もし、今、過去に戻れたとしても、私はもう一度同じことをする。自分が間違ったことをしていないと、心のうちにある神に誓って言える」


 信念の光。今も昔も、イドの目の中にある光は、強い意志に裏付けされた深い色合いがある。


「だったら、今ここで死ね」


 帝国の侵略に抗うため。


 イドの言動のすべてが、そこにあるのは伝え聞く行動を見ていれば分かる。

 小さな王国を守るためには、力が必要なことも分かる。

 それでも、故郷のすべてを滅ぼされたことを許すことはできない。


「あなたは、手を出してならないものに手を出したのよ」


 ユニは、自分の“魔女の技法”に魔力を注ぎ込んだ。大気に渦巻く力が螺旋を描いて集い、使い魔たちの能力がユニにもたらされる。


「ほう。それが、あなたの“魔女の技法”ですか。なるほど、私が知っているどの“魔女の技法”とも根本的に違うようだ」


 真剣な眼差しで、イドが一歩踏み出してきた。


「会いたかったですよ。“新たなる魔女ユニ”、いや、“かつて、ただの人間だったユニ”と言った方が正しいですかね?」


 ユニは、魔女の隠れ里に拾われた赤児だった。

 ただの人間。それが、当時ユニがイドに見逃された理由だ。


「できれば、、ぜひ教えていただきたい」


「あなたには、必要ない」


 イドは、魔女を殺して“魔女の技法”を奪い、それでようやく他人に与えることができる。


「私は、王国民を殺したくはないのです。たとえ、魔女であっても」


 いくら話していても、やはりイドに対しては憎しみしかわいてこない。笑みの奥には常に狂気と盲信が渦巻いて見えるのだ。


「あの時、私を殺さなかったことを、後悔しながら死ね」


 ユニもイドに向かって踏み出した。

 獣の力。

 この日のために、十年の歳月をかけて技を磨き抜いてきた。


「できれば、あなたにも協力して欲しかった。帝国から国を守るために」


 イドの全身が光を発した。魔力を込められた、膨大な数の徴がマントの下で発光している。大気を鳴動させるほどの魔力だった。


「禁忌を犯してしか、守れぬ程度の国なら今日滅べ」


 もはや言うべきことは、なにもない。


 イドを殺すことでしか終わりは来ず、終わりが来なければユニの未来は決して来ない。



 

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