Episode51 ~予選決着~
闘技場を断絶する炎の壁を作り終えたエリーシャは、見るからに不機嫌そうに悪態をついていた。
あの筋肉バカと手を組むんじゃなかった。二度とあんな態度がとれないよう自尊心をズタズタにしてやる……。
やがてその怒りはノアに向けられた。細い腕が力強く敵を捉えている。
「まずはアンタよ……! さっさとぶっ倒してあげる。《
魔法陣から突風が吹き荒れた。バシュン! と空気が破裂する音が響くたび、ノアの身体を
『【負傷判定】──
左肩と右太ももの負傷判定。即座に負傷箇所がわかるほど、不自然なくらい頭が冷静である事にノアは驚いた。今までは怖いとか恐怖が頭を支配していたのに。
──考えるんだ。勝機はかならずある。
《
こちらも《
もっと確実な力量で。一瞬で戦況を変えるような一撃が必要だ。
──なら、これしかない!
ノアは弾くように腕を突き出した。狙いは遥か数十メルトの先だ。
『【負傷判定】──
「《
肩と脇腹に衝撃が走る。
術式を紡ぐ、確実に、一つずつ。
『【負傷判定】──
「……ッ! 《──ストレイト》」
障壁残量が三割を切ったところで、地面に引っ張られるような重さがノアを襲った。下ろしそうになる腕を咄嗟にもう片方の手で支える。
──止まるな。
『【負傷判定】──
「《──ヌルス》」
すぅっと息を吸って最後の一節を叫んだ。
「《──バースト》──ッ!!」
その瞬間。ノアのてのひらから閃光が爆ぜた。
しっかり三節。属性を付けず、威力と精密さだけを突き詰めた──ただマナを凝縮して放出しただけの物だ。
本来なら属性魔術の足元にも及ばないそれは、凄まじい法力で突風を押し返すどころか、貫いてまっすぐエリーシャに伸びていく。
「……ッ!? 《
流石は一流の魔術師というべきか。咄嗟に自分の魔術が消し飛ばされたにも関わらず、間一髪で《
光線が障壁に激突した衝撃で武舞台が震えた。
ここからは純粋な魔力勝負。エリーシャが守り切れればノアに確実な隙が生まれ、ノアが勝てば障壁を破壊できる。
「こんな物……ッ!!」
ここが正念場だと悟ったのだろう。エリーシャはストックしていた魔術を全て
「くっ……!」
僅かに押し返された感覚に、ノアは奥歯を嚙み締めた。エリーシャの
このまま勝負していては、確実に負けてしまう。
どう見ても絶体絶命の状況。なのにノアは焦ることなく、今自分がすべき事を自然と理解できていた。
胸に手を伸ばし、下にあるペンダントを握る。するとペンダントがいっそう強い光を放った。まるで──呼応しているかのように。
ノア自身にも
故にノアはただ直感に従い、委ねるようにつぶやいた。
「《お願い》──!!」
その刹那、ノアの身体に凄まじい魔力が溢れた。
まるで体の中がふつふつ煮えたぎるような感覚に微かな高揚感を覚えながら。
やがてその感覚は右手に集まり──。
一気に放出された魔力はノアの身体をのけぞらせる程の威力であった。数秒前に放出した光線を飲み込むように、二回りほど太い光線がエリーシャの障壁に激突する。
「な、なんなのこれ!? 私の魔力量があんな三流に負けるなんて!? あり得な──!?」
拮抗と呼べるものは数秒で終わり。エリーシャの全魔力を注いだ障壁は、怒涛の魔力の奔流によって、あまりにあさっさりと瓦解した。
直径3メルトはありそうな光線はそのままエリーシャを飲み込むと、場外まで吹き飛ばした。
『【場外判定】──エリーシャ・ストランタ脱落』
耳元からささやかれたアナウンスと共に、闘技場を分断する炎の壁が朽ち果てるようにバラバラと崩れ去ったのだった。
※ ※ ※
まるで地面に両足がくっついたみたいだ。
カイは次々と繰り出されるガンの拳を間一髪で避けながら、心の中でそう嘆いていた。
拳が一瞬止んだ所を見計らってガンから距離を取った。着地する時思わず膝をつきそうになるのを抑える。
「もう限界かァ? もっと見せてくれよお前の闘志をよォ!」
叫ぶガンの声に言い返す力も残ってない。決闘は最大限リアルな戦闘を再現していると聞いていたが、まさかこれほどまでとは……。
指先の感覚が鈍い。頭がうまく働かない。
《
過去に 《影の神性》に腹を貫かれた事があるが、その時以上の重症だろう。本当にリアルならとっくに死んでいるのではないか──とカイは思った。
恐らく動けるのは後1、2分。どうせこのまま力尽きて地べたに這いつくばるくらいなら。
「そっちから来ないならこっちから行く──」
──こっちからしかけてやる!!
疾ッ!! と地を蹴ってガンに接近する。あらん限りの力を振り絞って剣を振り下ろした。
「へッ!!」
だがあまりにも遅い。瞬時に反応したガンの拳が生成した剣の刀身に衝突すると、ガイイイン!! という音と共に剣が宙を舞った。
「──!?」
手ごたえが余りに軽かったのだろう。ガンが不思議に思い顔をしかめた頃には──カイは滑るようにガンの側面に移動し、拳を振りかぶった上腕を掴んでいた。
「クリエイション──!!」
空いた左手に粒子が集まる。まだ形になっていない空想の短剣の柄をカイは握りしめた。
先ほどガンに飛ばされた剣が未だに宙を舞っている。攻撃を不発してからの次の行動まで半秒すらも経っていないのだ。
普通ならば対処できるはずもない。
「チィ……!!」
しかし。ガンの反応速度は常人のそれを超えていた。
野生の勘なのか、本能なのか。
ガンは何かを考えるよりも早く左足が動き、カイの脇腹に回し蹴りをめり込ませていた。
世界が時を思い出す。
まず数舜までガンが背を向けていた場所にカイが転がりながら倒れ伏した。
次にガンが倒れたカイに向き直ると、その斜め後ろに宙を舞っていた剣が地面に突き刺さった。
「ハァ……ハァ……どうやらオレの右手を切断判定にするつもりだったらしいが、残念だったな」
頭上から投げかけられた声に、まだ倒れるわけにはいかないと震えながら上半身を持ち上げる。
さっきの回し蹴りでカイの障壁残量は11%まで削られていた。もはや全身の感覚が鈍い。ほとんど根性で身体を動かしている。
立ち上がることすらできず、膝立ちになるのが限界だ。
どう見ても満身創痍。実際そうなのだが、ガンは油断ならない様子で、カイの全身を注意深く観察しながら口を開いた。
「すげェな。その状態になっても、まだ諦めてねェ」
目の前の剣士は、既に手負い。肩で息をして、剣を支えにして何とか膝立ちを保っているが、いつ倒れてもおかしくない……そう見えているだろう。
「演技じゃねェ。だがお前はまだ何か企んでいる。そんな予感がする。
この一歩だな? この一歩がオレの生命線ってわけだ」
「…………」
「仕留めるだけならここで問題ねェ。一歩踏み出す必要はねェ」
そう言うと、ガンは静かに魔術を起動した。彼の右拳が翡翠色の光に包まれ、一瞬突風が周りを震わせた。
属性付与の《
今のガンが空中で拳を振れば、鋭い突風がカイを襲うだろう。
「終わりだッ!!」
ガンが大きく腕を振りかぶってカイ目掛けて拳を突き出そうとした。
ぐいっと。空中でガンの拳が不自然に止まる。
まるで後ろから引っ張られるような感覚を感じたのか、ガンがその正体を探るために後ろに目を向けると。
「──ッ!?」
なんと上腕とさっき飛ばしたはずの生成した剣の柄が、鎖につながれていたのだ。
ガンがそれに気づき両目を見開いたのと──カイが飛び出したのは同時だった。
カイはあらん限りの力で地面を踏みしめながら、思考を閃かせた。
──ガンの攻撃を一撃でいいから止める。
それがカイが編み出した勝利の切符だった。
そのためにわざと剣を飛ばさせ、無理やり上腕を触って彼と剣のパスを繋いだのだ。
しかし遠い。
ガンが警戒して近づいてこなかったお陰で、
普段なら一瞬で距離を詰められるだろう。だが今の満身創痍な身体では、恐ろしく遠く思えた。
一瞬の間を置いてしまえば対処されてしまう。《
ならばもう、身を顧みる余裕はない。
そう悟ったカイは意を決して叫んだ。
「《ウル・エンハンス》──!!」
瞬間。カイの身体が残像を残すほど速く動いた。
同時にプチッと音を立てて両足に激痛が走る。
禁忌の《
足の筋線維が切れたか。
──いや、気にするな。
勝利に関係ないことは全て切り捨てる。無理やり不安を頭の片隅に追いやり、カイは更に一歩踏み込む。
「くっ!?
ガンが詠唱を紡ぐより速く。
カイは
穿つは心臓。クリーンヒットによる即死。
「うおおおおおおおお──ッ!!!!」
ギイイイン!! という轟音と共に青白い切っ先がガンの心臓射抜いた。
《
「ゴハッ!?」
地面に叩きつけられたガンの身体が強く発光したかと思うと。
シュワン──と軽やかな音を立てて《
『【死亡判定】──ガン・ドライク敗退』
無機質なアナウンスがカイの耳元に流れたと同時。
武舞台を分断していた炎の壁が勝利のファンファーレを告げるように、音を立てて崩れ始めるのだった──。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます